とあるクズエリートの人生の崩壊。……と、恋愛、イシノアヤ先生「トリガー」を読みました!
登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨
登場人物とあらすじ
商社のエリート課長×高校時代に攻に告白してきた元同級生 のお話。
<あらすじ>
三井貴浩、商社のエリート課長。
汚点なき人生を歩む三井だったが、離婚を機に暗転。
生活が荒れていく中、三井は元同級生・曽根に再会する。
こんな人におすすめ
- 痛い(暴力的)、辛い(精神的)描写があっても大丈夫🙆♀️
- 緩急がはっきりした、劇薬的な作品に惹かれる📚
- 性的志向と生き方について考えたい💭
本作をもっとよく知るための小ネタ
①イシノアヤ先生「今作のこだわりポイントは、三井はエリートの皮でも被らなければ、ゲイなのを隠している自分を肯定できませんでした。そういう頑な生き方や考え方の彼をどうやって変化させていくかを、いちばんに考えて描いていました」。
引用:イシノアヤ先生インタビュー 2015/07/24 作家インタビュー|BL情報サイト ちるちる
②イシノアヤ先生「今作にまつわる裏話としては、エンディングの方で、とっとと仕出し弁当屋に就職できた曽根は、そこのたくさんの女性陣に囲まれとてもかわいがられ、「恋人と同棲中!?キャー」などと結構やるわね的に騒がれている(もちろん相手は女性との認識で)―――というネタもありました。マウンテンバイクで通っているというコンテまで描いていました」。
引用:イシノアヤ先生インタビュー 2015/07/24 作家インタビュー|BL情報サイト ちるちる
③onBLUE編集部 K川さん「クズエリート攻×包容力受のラブストーリー…なのですが、このクズエリート・三井の、“たぶん自分は男が好きだがそんな自分は受け入れられない”という気持ちとの戦いが苛烈で、とても見応えがあります。彼に連れ添う曽根くんも大変です。巻末では、エピローグが20P描き足されているのですが、これがすばらしいです。三井という男の人生の迷路に、ようやく光が差してきている様が描かれており、思わず涙が出てしまいます。イシノさんの数ある作品の中で、傑作であり名作と呼ばれていく作品になることは間違いありません」。
引用:イシノアヤ先生インタビュー 2015/07/24 作家インタビュー|BL情報サイト ちるちる
ネタバレ感想
THE TRIGGER
同期で課長職は自分だけ、遊びもせず仕事に打ち込み、妻の望む通りにマンションや娘の中学受験の願いを叶えてきた三井(攻め)は、ある日突然妻に離婚を切り出されます。「俺の人生に汚点などない、努力してきたずっとずっといつだって」と自分に言い聞かせる三井ですが、離婚=失敗という言葉が頭の中を反芻し、落ち込む気持ちを止められません。
そんなある日、隣の部屋に高校時代に告白してきた(けれど手ひどく振った)曽根(受け)が引っ越してきます。片想い相手の佐倉とルームシェアするようで、それを察した三井は「口止め料」として曽根をオナホール代わりに使い始めます。
徐々に曽根への暴力はエスカレートしていき、最初は強引にセックスするだけだったのが、髪の毛を掴んでフェラさせたり、タバコの火を彼の腕に何度も押し付けるまでになっていきます。しかし三井は全く反省せず、「それはそっくり奴のせい 好きな男との生活と 好きな男の前で玉砕するのを天秤にかけた奴の答え」「俺はこんな嗜虐的な人間だったろうか?あいつがそうさせるんだ」と曽根に責任転嫁する始末です。
曽根への暴力が激しくなるほど、三井は仕事で新人のようなポカをやらかしたり、会議で居眠りしたり、一体いつから休憩しているのか分からないほど長時間喫煙室にこもっていたりと、廃人状態に。さらには発注ミスでかなりの損害を出してしまい、いよいよ配置転換で通称”倉庫”の管理業務(事実上のクビ)を宣告されてしまいます。
プライドの高い三井は会社を辞め、「俺にはもう何もない 娘の養育義務と3LDKのローンしか あとは何も残ってない 空っぽだ」と泣き喚きます。そんな三井を慰めようと体を差し出す曽根でしたが、そこになんと佐倉が。佐倉は家を放り出して逃げ出してしまいます。実は三井が曽根を陥れようと、セックスする直前に佐倉をメールで呼び出していたのですが、落ち込む曽根に三井は「ゲイなんて生きてる資格ねえ、終わりにしたかったんだろうが!これでお前は自由だ!てめえができねえから俺がしてやったんだよ!終わりに!」と吠えます。
三井はなんて身勝手な奴だ、と怒りが湧いてくるのですが、それと同じくらい、なぜ曽根は逃げないのかも不思議なところです。
結局のところ、曽根は実は三井がゲイで、自分の性的指向を受け入れられずに去勢を張っているのだと随分前から気づいていたのかもしれません。たとえば高校時代から。
だからこそ、三井が苦しんでいるのを見て、同じ性的指向に悩んだ仲間だからこそ、一度は愛した人だからこそ、放っておけなかったのかも。
曽根は、いつこの関係は終わるのかと三井に問いながらも(もちろん暴力を振るわれたくないという思いもあったはずですが)、三井が堂々巡りの地獄からいつ脱せるのか不安だったのかもしれないと思いました。
曽根の深い愛に受け止めてもらえたおかげで三井は立ち直れるのですが、三井のような危うい人のそばに曽根がいてくれてよかったとほっとします。
BEAUTIFUL SUNDAY
三井が自分の性的指向を自覚するまでのお話です。
小学生の三井は、親友の藤田が岸田という女子生徒と自分と一緒に帰る約束を反故にして遊んでいるのを見てしまい、自分も岸田を好きだからこんな嫌な気持ちになるのだろうと考えます。「ふつう考えたらそう」だと小学生の三井は思ったから。
しかしそんな三井を変えたのは中学一年生の時でした。化学の教育実習生として中沢という男が赴任してきて、クラス委員として彼の手伝いをしているうちに、三井は中沢に好意を抱くようになっていきます。実習期間を終えてもう中沢とは会うことなどないと思っていましたが、なんと近所のスーパーで中沢とばったり会います。
中沢から家に招かれ緊張する三井でしたが、実は中沢は彼女に「家に押しかけられるくらい慕われてるの?」と褒められたいがために三井を呼んだのだと告白します。三井は嫌な気持ちになり帰ろうとしますが、中沢は三井が半勃ちなことに気づき、自分の弟も中1でちんこのことしか考えていないとふざけて、三井の陰部を掴んで射精させてしまいます。
泣きながら家に帰った三井は、その夜、中沢に触れられたところが疼くのを感じ、絶望します。
翌日、同級生からAVを一緒に見ようと誘われた三井は何食わぬ顔をして楽しげにその輪に加わるのでした。
中学生の三井の純情があまりに切ないお話でした。三井は真剣に中沢のことが好きだったのに、中沢にとっては三井は彼女との関係を燃え上がらせるための装置に過ぎなかったんですね。
同性が恋愛対象であると気づきたくなかった、「普通」でいたかったという三井の悲しみ、諦め、苦しみが、あえて表情を描かれていないコマからむしろ強く伝わってくるように感じました。
SUNNY
娘のために金が必要になるも、無力な自分に自殺したくなる三井のお話です。
離婚した妻に引き取られた娘・侑菜と会う三井。元妻から侑菜がダンススクールに通う金を無心され、金がないとは言えず、定期預金を解約したり、転職の面接に行っては不合格だったりと踏んだり蹴ったり。
雨の中立ち尽くし「ここじゃないどこかへ行きたい 誰も知らないどこか遠く(自殺したい) 何もかも捨ててー」と思い詰める三井ですが、曽根から「帰りにはんぺん買ってきて」とメールをもらい、思いとどまります。
志望業界の範囲を広げて、改めて転職活動を再開する三井。曽根は彼のおでこにキスして送り出します。キスされたところを指で拭うと、自分の唇に当てる三井でした。
三井ってすごく危うい人なんですよね。
人一倍努力して努力して…と、自分を極限まで追い込める性格だからこそ、同期の中でも出世頭だったわけですが、その性格は仕事では重宝されても、生きる上では結構しんどい場面が多い気がして。
弱みを見せられない性格だから奥さんに「会社を辞めたからお金がない」と言い出せず、預金を解約したり、かなり生活に困っている様子。なのに、曽根に金の無心をすることもできず。
結果的にもう死んでしまおうか…と自殺を考えるほど追い詰められてしまいます。
この三井を見ていると、もっと気楽に生きなよと言ってあげたくなるけれど、人生ってそううまくはいかないんですよね。どこかで誰かより優っていれば、どこかは誰かより劣ってしまう…そういうものですよね。とことん生真面目に生きてしまう三井の苦しみはすごく共感できます。
でもこんな時でも、曽根の無条件な愛情、なにげない優しさが、三井を包み込んでくれます。曽根がただ、いつものように自分を好きでいてくれること。それって不安定な三井をこの世に留めておく錨のような役割を果たしているんじゃないかなと思うのです。
三井が本当に求めていたのは、強く美しく賢い妻と子供ではなく、曽根のようにどんな自分でも変わらず愛し続けてくれる人だったのではないかと感じました。
THE TRIGGER 1.5
二人で眠るシングルベッドを買い直したお話です。
これまで三井と曽根は狭いシングルベッドに二人で寝ていたのですが、翌朝にはどちらかが床に落ちているので、二人でも余裕のある広いベッドを買い直します。
真新しいベッドの上でイチャイチャする二人ですが、三井は以前自分が曽根に押し付けたタバコの火傷の跡を慰めるようにキスし、曽根から尻を触られた途端に怯えはじめます。「俺は女じゃない」と心の中で叫ぶ三井に気づいたように、曽根は「義務とか役割とかヘテロの男役をもう誰も強要しないから」と落ち着かせます。
ベッドシーツを買い忘れたことに気づき二人で出かけ、「どうして逃げ出さなかった?俺ならとっくに逃げ出してた 金も職もなくて」と言う三井に、曽根は「ぼくしあわせだよ すごく ものすごくね、そりゃちょっと嫌な目みたりはするかもだけど三井といれて嬉しいんだ」と嬉しそうに打ち明けるのでした。
実は三井が夜な夜なアナニーをしているという情報がここで出てくるので、もしかしたらそのうち三井がネコ役に回ることもあるかもしれません。男役でなければならないという強迫観念を三井が捨てられた時、彼はまた偏見の殻を脱いでまた一歩自由になれるように思います。
三井から逃げ出さなかったことの返事として「三井といられて幸せ」と回答するのはちょっとずれている感じがしますが、実際三井が欲しかったのはこの答えだったのかもしれません。三井がかわいそうに感じたとか、孤独に寄り添いたかったとか、そういう直球な答えじゃなく、ただ三井は曽根に自分が愛されてると知りたくて問うたのでしょう。
そういう意味で、曽根は本当に三井の思考回路を熟知しているな…と感動してしまいます。
まとめ
ゲイである自分は「普通」じゃないと押し殺し、人一倍努力を重ねて、同期の中でも出世頭さらに美しくバリキャリの妻と娘一人を養う三井貴浩。しかしある日突然離婚を切り出され、さらには隣の部屋に高校時代自分に告白してきたゲイの曽根が越してきます。
離婚したことで「自分は人生に失敗したのだ」とメンタルブレイクした三井は、曽根がルームシェアしているヘテロの男・佐倉に片想いしているのを察し、「バレたくなければ口止め料を払え」と彼を犯すように…。
物語の終盤まで、三井が長い時間をかけてどんどんと荒んでいき、比例するように曽根への性的暴行の度合いもひどくなっていくので、「曽根を解放してほしい」という不安がとても大きかったです。しかし、蓋を開けてみれば、抱える問題の闇が根深かったのは三井の方で…。
曽根は基本的にテンションが一定なんですが、三井は常に人に自分の弱みを見せない緊張状態にあるので、その張った糸が急にぷつんと切れる瞬間がいつか分からなくて、すごく怖いんですよね。不器用な三井はそういう生き方以外ができなくて、それもかわいそうに感じます。
あとがきでイシノアヤ先生が「自分を偽って生きていくのはつらくて苦しくてきっとさびしい。曽根に再会してこれから三井がちゃんと笑えるように。彼らが笑って暮らせますように」と書かれていたんですが、自分を偽り続けた三井のことを思って、胸がギュッと締め付けられました。曽根と生きていくのは三井はきっと、これからずっと幸せなはずです。
どんでん返しがあるような作品が読みたい、痛くて苦しくても読後に解放感があるような作品が読みたい、文芸作品が好き、という方には特に本作はおすすめだと思います。ぜひあなたも読んでみませんか?📚✨