八田てき「遥か遠き家」のあらすじ・感想・レビュー・試し読み|「二人だけの家」への、帰り道

コミック

僕に全てを与え、捧げてくれた人ーー、八田てき先生「遥か遠き家」を読みました!

登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨

登場人物とあらすじ


放浪癖の青年×狂信的カトリックの親を持つ少年 のお話。

<あらすじ>
90年代アメリカ、過保護すぎる親の箱庭で死んだように生きていた少年・アランは旅人・ヘイデンと出会い、強烈に惹かれ合うも、彼には一か所にとどまれない放浪癖があると知る。
共にいるためには、ヘイデンが誘拐犯になるしかない。
それでも彼は、何もかも投げ捨て、アランを地獄から連れ出してくれる――。

 

こんな人におすすめ

  • 宗教というものを客観的に見つめたい🙏
  • 親に恵まれなかった子供の葛藤を見たい🧑‍🧑‍🧒
  • 「救い」とは何なのかを今一度考えたい💭

 

本作をもっとよく知るための小ネタ

①今作のこだわりは、八田先生曰く「ロードムービーを描きたい! と思って着手した物語なので、主人公たちが移り住む街や道中の景色、乾いた風や匂い、湿度が伝わるようにとにかく空気感を大事にしました」とのこと。

引用:八田てき先生インタビュー 2021/03/28 作家インタビュー|BL情報サイト ちるちる

執筆にあたってインスピレーションを貰った映画作品が数多くあるそうで、『テルマ&ルイーズ』、『マイ・プライベート・アイダホ』、『ツリー・オブ・ライフ』、『君の名前で僕を呼んで』、『ある少年の告白』等…。また、登場人物はリアル感を出したかったので、ほぼ全員モデルとなった俳優さんや映画キャラクターがいるとか。

引用:八田てき先生インタビュー 2021/03/28 作家インタビュー|BL情報サイト ちるちる

話数を重ねるごとに描き込んでしまう癖がついてしまい、完璧主義な性格も相まって作画にとても苦労したとか。

引用:八田てき先生インタビュー 2021/03/28 作家インタビュー|BL情報サイト ちるちる

 

ネタバレ感想

①「君を愛することも罪にならないのに 僕の命はすべての罪の源で僕の流す血は罰なんだ」

7歳の時にウィリアムという神父にレイプされたアラン(受け)は、敬虔なクリスチャンである両親にその恐怖や不安を告白することができず(両親にとって神父は神にも等しい絶対的存在であり、むしろレイプされた側が神父を誘った悪魔(絶対的悪)だという思想があるため)、苦しみの日々を送っていました。やがてアランは、「僕の命はすべての罪の源で、僕の流す血は罰なんだ」と思うようになります。

その後、ウィリアム神父に再会してしまったアランは、父に電話をかけます。「僕は7歳の時にウィリアム親父にレイプされました。僕を赦してください」と震える声で告白するのです。アランの父はそれを聞いて激怒。「おぞましい!けがらわしい!お前はずっとそんな身でうちの敷居を跨いでいたのか。お前のような罪人がこの家に帰ることは私が断じて許さん!お前のせいで私の人生はめちゃくちゃだ!お前は私と神を裏切ったのだ!だからそんな罪を背負って生まれたのだ!お前が神に愛される資格はない!恥を知れ!」と怒鳴りつけ、一方的に電話を切ってしまいます。
アランは滂沱の涙を流し、ウィリアム親父に銃口を向け、一発。そして残りのもう一発を、飾られていたイエスに向かって放ちます。

アランがレイプされたのは後天的なこと、かつ、レイプは加害者が100%悪いので「アランが罪を背負って生まれた」という言葉はどう考えてもおかしいのですが、アランの父親からすれば、「神父に道を踏み外させたお前が悪い」ということなのでしょうね。

アランはこの事件をきっかけに両親との決別、そして信じていた神への決別を覚悟するとともに、長年苦しめられてきた「自分の存在自体が罪である」という思想を植え付けた諸悪の根源であるウィリアム親父を殺すことで、そこで新たにアランという人間として生まれ直したのでした。

「神父に性的虐待をされたが、両親が敬虔なクリスチャンだったために声をあげられなかった」という話は、(このお話は1990年代ですが)2025年現在でもよく聞きます。宗教の盲目性は時に人を苦しみから救ってくれますが、そのせいで大切な人が苦しめられるのであれば意味がありません。とはいえ、宗教という閉鎖的な空間、しかも正しい判断を下すべき大人たちが洗脳状態の中で、力の弱い子どもたちがどれほど声をあげられるかというのは、難しい問題です。宗教虐待という問題自体は(このお話の舞台である)アメリカだけでなく日本でも大きく取り上げられていますが、解決が進んでいるかは定かではありません。

 

②居場所を転々としても父と母への罪に縛られ続けるヘイデンが探し求めた、「自分の居場所」

ヘイデン(攻め)の父はDV気質で、それに耐えかねた母は酒に殺虫剤を混ぜ込み、夫を毒殺します。しかし良心の呵責に耐えかね、母はドラッグとセックス中毒に。やがてドラッグを過剰摂取して、18歳のヘイデンを置いて死んでしまいます。

ヘイデンは家に火を放ち、父が遺した高級車に乗ってその場から逃げ去ります。その時のことを、ヘイデンは「解放感、母の罪は俺たちの罪 母への罪悪感と義務感 そして使命感で縛りつけた家 母の遺体を全て焼き払い、父の車で罪の墓場から抜け出したはずだった」と振り返っています。父と母とヘイデン、三人のそれぞれの「罪」が澱んでいた場所からようやく抜け出せたのだという喜びだけがヘイデンを支配しているのかと思いきや、母を自分は見殺しにしたのだという後悔が、その後も長くヘイデンを苛み続けます。

ヘイデンは母の面影を振り切るように街を転々としながら、燃やした生家ではなく、本当の自分の居場所を探し続けます。その旅の中でアランに出会い、アランが自分と同じ目をしていることに惹かれ、彼を宗教漬けの家から連れ出します。
二人で逃避行をするうちに、アランに好意を抱いていくヘイデン。そしてある日気づくのです。「俺の居場所は彼の瞳の中だ。ただ帰れるところがほしかった。ようやく帰って来れたんだ」と。

どの街でどんなに良い人間関係を作れても、ずっと居場所のなさを感じていたヘイデン。しかし、本当の居場所はアランがいる場所そのものだったのですね。アランこそが、ヘイデンの居場所。そんなふうに思える人と出会えたヘイデンは幸福だなと羨ましく感じます。

 

③互いへの罪を感じながらも、それでも互いの隣にいたいと願い続けた二人

ウィリアム神父にレイプされたことで「自分の存在は罪」なのだと思い続けているアランは、旅を続ける中で娼婦を轢き殺してしまったことをきっかけに、あらためて自分の生き方について考え直します。
ヘイデンはアランを守るために生き急ぐように旅をしてくれています。娼婦を轢き殺したのはヘイデンですが、アランが急かしさえしなければ事故は起きませんでした。
やはり自分の存在は罪で悪なのだと神に懺悔しながらも、アランは「僕の人生のすべては結局この神の家の中で行われてることなんだって。この家の外は息が楽すぎて僕には苦しい。これが僕の逃れられない宿命なら、僕はこの神の家ごと君の帰る場所になる」と決意します。ヘイデンが自分を憎からず思ってくれているからこそ、罪を許されたいと神に乞うのではなく、罪を背負った自分のままで、ヘイデンの居場所になることを決意するのです。

アランはウィリアム親父と再会するも、実父がウィリアム神父の肩を持ち、さらには神父自身が全く反省せず、それどころかアランを「私を誘惑した悪魔」だと罵ったことで、彼を銃殺してしまいます。アランに罪をなすりつけ続けた張本人を殺すことで、アランはようやく自分の人生を生き始めることができました。
ヘイデンとともに、いつか行こうと願っていたメキシコの「記憶のない海」を目の前にしながら、アランは思うのです。
「僕の人生で一番美しい場所。神の御名も罪も罰も赦しもないただ一つの場所、君の隣だ。もう他に望むものはない。ここがあればいい。今ここが俺たちだけの世界ならそれでいい。ぼくのすべて この海に手放せる。僕に全てを与え 捧げてくれた人 僕をくれた人(=ヘイデン) そう あの日から」。
そして警察から追いかけられる中で胸を撃たれ瀕死になったアランは、ヘイデンに告げます。
「ヘイデン、ごめんよ。僕の人生に君を巻き込んでしまって。君は君の居場所を探していたのに。でもどんなに生まれ変わっても、必ず君を見つけ出して僕が君の帰る場所になるよ。家に帰ろう、僕たち二人だけの家に」。
神に縛られる自分から抜け出したいと願いながらも、罪を重ねるたびに神に縋っていたアラン。一度は神の家ごとヘイデンの帰る場所になると覚悟を決めたほどでしたが、ウィリアム神父の呪縛から解けたアランは、ようやく「ヘイデンの隣こそが自分の居場所であり、ありのままの自分こそがヘイデンの居場所だ」と言えるまでになっていました。
死に直面した時に初めて自由を感じ、自分の人生を生きられたというのはあまりにも悲しすぎる結末ですが、それでも、アランの短い人生の中で最高の幸福の中で彼は死ねたのだと思うと、少しの救いがあるように感じられます。

一方ヘイデンは、ヤク中になっていく母を見殺しにしてしまったという罪の意識にずっと苛まれていました。自分と同じ目をしたアランを旅に連れ出すことで、ヘイデンは罪に苦しむ仲間を得たような気持ちになっていたのかもしれません。
しかし旅の中でヘイデンはアランのために殺人を犯してしまいます。罪に罪を重ねてしまったと苦しみながらも、アランへの好意を捨てきれないヘイデン。アランを家に返さなければと思いながらも、アランが自分といようともがいていることにヘイデンは苦しみます。
「俺はあまりにも世界を見てきた。人々に触れて美しいものも汚いものもありとあらゆる光景をこの目に映してきた。だがあいつは違う。信仰と病の箱庭で世界を知ることもないまま俺だけを愛して世界を捨て去ろうとしている。ならば俺にできる俺の望みは彼と共にいる。それだけだ」
ヘイデンはそう考えるようになり、アランを手放すことで彼を罪の呪縛から逃れさせようとするのではなく、彼が一番心地よいという自分の隣をずっと彼のために確保しておこうと考えるようになります。
そして警官に追われる間、ヘイデンは自分の罪について反芻していました。
「俺は今まで何から逃げてきたのだろう。母さん 救えなかった 救いたかった でももうあなたをあの日々から取り戻そうとは思わない。俺が今できることはこいつの居場所になってやることだけだ」
ヘイデンは母を救えなかった罪に長年苦しみ続けていましたが、その後悔と完全に離別するのです。そして、母への罪を乗り越え、今全身全霊で愛しているアランのために生きようと、自分こそが彼の居場所になるのだと、改めて決意するのです。

アランとヘイデン、お互いに生まれながらの罪に苛まれてきた二人。手を離す方が相手のためになるのではと葛藤しながらも、アランが、ヘイデンが、それ以上に自分を愛してくれていることを知っていたからこそ、自分こそが相手の居場所になるのだと、それこそが相手にとっての救いになるはずだと信じて、二人は突き進みました。
二人が現世で幸せになれたのは短い時間でしたが、アランがヘイデンに告げたように、生まれ変わってもなお二人は見つけ合い、互いの帰る家になれるはずです。来世こそ、二人が平凡な幸せを享受できる人生であってほしいと願ってやみません。

まとめ

7歳で神父にレイプされるも、敬虔なクリスチャンの両親にその事実を告白できず、「自分の存在自体が罪であり悪」なのだと刷り込まれてきたアラン。
DVを繰り返す父を毒殺した母がヤク中で自殺し、家ごと火を放って逃げながら「自分の居場所」を探し続けるヘイデン。

親への憎しみと諦めを感じながらも、同時に愛も手放すことができず苦しんでいる目をしていた二人が出会い、それぞれの居場所を探そうと旅に出ます。
たがいの隣だけが自分の居場所だと気づいた時には、許されない罪を重ねた後で…。

二人が生まれながらに背負った「罪」から「赦される」ためには、やはり「母なるもの」や、「宿敵」を抹殺する以外に道はなかったように思えてしまいます。殺人はもちろん法的に許されないことですが、限られた環境の中で二人が「赦され、生きていく」ためにどうしたら良かったのか、いまだに私には答えが分かりません。二人が選んだ道こそが、二人にとっても最善であり正解だったように思えてしまいます。

いわゆるメリバという終わり方なのと、かなりヘビーなシリアス作品なので、読む方をで選ぶかもしれません。
それでも私は言いたい。本作は、万人に読まれるべき傑作だと。教科書に載せてもらえないかと思うくらいに、私はこの作品を一人でも多くの人に読んでほしいです。
宗教、両親、自由…若い頃の自分が答えを求めて悩んだことの全てが本作には入っていて、今でさえ心を激しく揺さぶられるのに、多感な時期に出会っていたら自分の人生を大きく変えられていたかもしれないと畏怖さえ感じます。

あなたの人生を変えるかもしれない運命の一冊、ぜひ読んでみてほしいです。

遥か遠き家
作者:八田てき
90年代アメリカ、過保護すぎる親の箱庭で死んだように生きていた少年・アランは旅人・ヘイデンと出会い、強烈に惹かれ合うも、彼には一か所にとどまれない放浪癖があると知る。共にいるためには、ヘイデンが誘拐犯になるしかない。それでも彼は、何もかも投げ捨て、アランを地獄から連れ出してくれる――。

購入する【PR】