あべちか・くじら「あべちかとくじら」のネタバレ感想

同人誌

あべちか先生・くじら先生「あべちかとくじら」を読みました!

登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨

登場人物とあらすじ


「半夏生のひざしをみつめて」番外編と新作短編 。

<あらすじ>
▼あべちか
「手のひらのくぼみは、幸せがはいるためのものなんだそうですよ。本当に欲しい物のための場所なんですって…」
幼いころ、そう教えてもらった。
私は、私が欲しい物は…。

▼くじら
「<白紙の子>だ。間違いない。」
一人の男と、二足歩行の犬と、鴉。
その三人のもとに、驚異的な記憶力を持つ生まれたばかりの<白紙の子>がやってきた。

 

こんな人におすすめ

  • あべちか先生の作品が大好き❤️
  • 戦争に翻弄された人々の生き様を見たい⚔
  • SFファンタジーが好き🛸

 

ネタバレ感想

あべちか「燈籠の灯る朝に」

あべちか先生がWEBで連載していた「半夏生のひざしをみつめて」の番外編です。本編では脇役だった、主人公の住む村で身売りされた少女が主役です。

以下、特に大好きなセリフたちを抜粋して感想をつづります。

「あんたみたいな女の子がどうして結婚して幸せにならないんだい!馬鹿にしないでよ!」

本作の主人公・秋野のセリフです。

秋野は飲んだくれの父のせいでいつも村に税が納められず、体の弱い母と弟と共に床に頭を擦り付けて借金をしていました。母への負担を減らすため、彼女と弟の夏野は身売りに出されて遊廓と陰間でそれぞれ働くことになるのですが、秋野はぐんぐん上等な芸妓に上りつめます。

しかし彼女の心にいつもあったのは、幼き日に村で遊んだ村で一番裕福な酒蔵の娘・花緒のことでした。

実は、花緒は秋野を身請けすると約束した男と婚約していたのです。しかし花緒は自分を裏切って黒い仕事をしている男を信じられず婚約を破棄。秋野は身も心も男を愛していたことに加え、花緒が自ら幸せを手放すことに絶望します。どうしてあんたみたいな心身共に清廉潔白な子が幸せにならないの、と詰るのです。

秋野は一見女王様気質に見えますが、心の奥底では、自分の幸せよりも愛する人たちの幸せを願う健気な少女のままです。「馬鹿にしないでよ!」と強い言葉を使いながらも、一番傷ついているのは秋野なのです。秋野はただ、自分が幸せになれないならせめて大好きな花緒に幸せになってほしかった。けれど花緒はそんなこと望んでいないのです。それが悲しい。

秋野の拙い献身に胸が苦しくなります。

「一番大事なのは姉さんなんだもの。姉さんが幸せじゃないなら何も欲しくない。姉さんはどうしていつも一番辛い思いをするんだろう」

秋野と同じ男を好きになった、双子の弟・夏野。秋野に化けて男と密かにデートすることもありましたが、夏野は基本的にとても無欲です。陰間生活の地獄のような苦しみの中で、唯一の希望がその男とデートすること。だから秋野はわざと目溢ししてやっていました。

しかし秋野は夏野があまりに純粋で美しいので、彼に男を取られるのではと焦ります。夏野は「姉さんが一番大事だから」とあっさり引き下がります。それでも秋野の苦しみは消えません。

夏野は「姉さんはどうして一番苦しい思いをするんだろう」とつぶやきます。秋野はいつも自分の幸せのためにもがいているはずなのに、たしかに誰よりも不幸に見えるのです。それはなぜなのでしょう。

それは秋野があらゆる可能性を諦めないからかもしれません。不可能と思えることにも純真な心で突き進んでいくから、辛くなる。だから誰よりも苦しんでいるように見える。客観的に見て、秋野の生き方が不器用なのだと感じられる切ないシーンです。

「手のひらのくぼみに、幸せが手に入ったはずなのに。欲しいものを手にしたはずなのに。その代わりに自分の浅ましさを見なければいけないなんて、知りたくなかった」

秋野は夏野と比べて自分は浅ましいのだと言います。貧しい村を出て、高価な着物を箪笥いっぱいに収蔵できるほど売れっ子になった秋野。なのにずっと幸せではありません。やっと相思相愛の男を手に入れたと思っても、同じ男を夏野が好きになってしまった。

手のひらのくぼみには幸せが入ると教えてくれたのは、「半夏生のひざしをみつめて」の病弱な主人公・万年青です。彼は手のひらのくぼみに欲しいものを入れられると言っていたのに、手に入っても全然幸せじゃないと秋野は胸をかきむしられるような焦燥感を抱きます。

幸せを手に入れた代わりに浅ましさを見なければならないーーなんという業の深い言葉でしょうか。

「稲の匂いがする。私たちの上には秋の美しい空がどこまでも青く広がっていた」

秋野は好いた男の子を出産すると、そのまま死んでしまいます。最期に彼女の目には、まだ飲んだくれていなかった頃の父が母と共に稲を刈っている姿が映っていました。

あの懐かしい稲の匂いと、どこまでも広がる秋の空の中で、秋野は死んでいきました。夏野の「置いていかないで」という叫びも聞こえないまま。

秋野の人生は幸せだったのでしょうか。自分の浅ましさを見せつけられて、ただただ苦しい人生だったのでしょうか。彼女にとって何が幸せだったのでしょうか。

秋野の思いは誰にも分かりません。けれど、身一つで幼い頃に村から出て、誰かを愛し、裏切られ、常に懸命に実直に幸せを求め続けた秋野を決して不恰好な人生だとは笑えません。彼女の人生は幸せだったはずだと、私は信じたいです。

 

くじら「待ち合わせは図書館で」

くじら先生作品はこれが初読みです。

主人公「白紙の子」のミルヒが獣人2人と人間1人の3人組に拾われ、世界の成り立ちを学んでいく物語でした。

魂は図書館に収蔵されている。魂と身体のズレに誰もが生涯悩まされる…など、面白い理の連続に引き込まれていきます。

物語の超序章の部分をチラ見せしてもらったという感じなので、主人公が今後どんな時間を経てどう成長していくのかが楽しみでなりません。ぜひ続きを読みたいです。

 

まとめ

「お願いだから読んで!」と周囲に懇願して回りたくなる名短編集でした。

特にあべちか先生の作品「燈籠の灯る朝に」は、読後、自分の手のひらのくぼみを見て、じんわりと涙が溢れました。

どうしたら人は幸せになるのか?幸せとは何なのか?と人に、自分に問いかけたくなります。

最期の、豊かな稲穂揺れる田園風景があまりに美しく、より涙を誘います。情景描写も心理描写も超一流の素晴らしい作品でした🌾

くじら先生の作品は、とにかく設定が面白い。

<白紙の子>という人間の入れ物に人間の魂が入った子が、星をどう成長させていくのか?魂が図書館に所蔵されているといっていたけど、その管理は誰がどう行っているのか?無限に広がる謎を、先生が今後どう解き明かしてくれるのか楽しみでなりません。

温かく幻想的なSFファンタジー、続編を早く読みたいです!

今回紙の本は文学フリマ広島にて無料で配布されましたが、本が手に入れられなかった方も、後日先生がWEB上にupしてくださるそうです。本編「半夏生のひざしをみつめて」と併せて、ぜひ読んでみてください!!