究極のラブロマンスか、最悪のクライムサスペンスか!?BL界の異端児Guilt|Pleasureがおくるノワールノベル、Guilt | Pleasure「THE DOLL」シリーズを読みました!
登場人物とあらすじ、どんな人におすすめなのかなど、ネタバレ感想とともにご紹介します。
登場人物とあらすじ
<あらすじ>
報酬さえ貰えればどんな仕事も請け負うと評判の、武闘派なんでも屋「リンチ」。
ある日彼は「何億もの資金をつぎ込んで作ったアンドロイドが脱走したので、連れ戻してほしい」という依頼を受ける。
アンドロイドは「DOLL」と呼ばれ、どんな目にあわされても、持ち主の要求を満たすためにひたすら尽くしてくる生命体だと説明され、わずかな手がかりを手に、リンチは「DOLL」を探すがー。
こんな人におすすめ
- ノワール小説(※)が好き📖
- 限りなく人間に近いアンドロイドをどう生かすべきか、考えたい💭
- 愛とは何かを今一度考えたい💕
(※)ノワール小説とは、犯罪者などいわゆる悪役を主人公に据えた作品のこと。
ネタバレ感想
THE DOLL
何でも屋のヴィンセント・リンチは、人間のために奉仕するドールを製作するクロフォードグループの社長から「誘拐された”カイ”というドールを取り戻し、誘拐犯であるドクター相馬を殺してほしい」と200万ドルで依頼を受けます。しかし、クロフォードが職員に命令しカイに日常的に行っていた「人間の欲求を汲むためのドールとしての教育」という名の暴力とレイプの映像の数々を見て、考えは変わっていきます。
カイはもともとクロフォードの父であるトーマスが亡き妻の死産した胎児を甦らせ、「決して喪失感を抱かせない子供」を目的に作られた「成長するドール」でした。トーマスはカイに巨額の私財を投じて溺愛していましたが、それを快く思わなかったカイの腹違いの兄であるクロフォードは、トーマスとの思い出を全て消去し、痛みを感じるカイにわざと暴力とレイプ漬けの日々を与えたのでした。
クロフォードのもとにカイを返してはならないと決心したヴィンセントは、追手に追い詰められた挙句、カイを殺害しますが、なぜか最後にヴィンセントはカイと再会します。
これは一体どういうことなのでしょう…?
たしかに、ヴィンセントはカイの腹に銃弾を撃ち込んでおり、カイは即死ではなかったかもしれません。しかし、クロフォードはヴィンセントの腕の中で血まみれになっているカイを見た時点で「カイは死んだ」と諦めているようでした。それはカイがドールではなく限りなく人間に近い存在だからでしょうか?
作中で、カイを研究所から連れ出したドクター相馬を殴り殺した大家・ショーン・ホプキンスから暴力とレイプを受けていたカイでしたが、研究所の研究員であるドクタームアーから薬を投与されると、あざや怪我は急速な勢いで治っていき、体の内側の怪我も1〜2日で治ると診断されていました。
そこから考えると、カイの体は限りなくドールに近いように感じられるのですが…ある程度の量の血を流してしまうと、人間に近いカイは死んでしまうということなのかな…。
けれど、クロフォードはカイの体(生死を問わず)ではなく「ドールとして教育された20年間の記憶」に執着していました。頭を銃弾でぶち抜かれない限り、それは残っていたのではないだろうか…と思うのですが、クロフォードがあっさりとカイの亡骸を見て諦めたところからして、きっとそうではないのでしょうね…。体の死=記憶の死でもあるのかしら。
でも、そうであれば最後にヴィンセントに再会した時にカイが「久しぶり」と言えるはずがないですよね。
事件から2年後にクロフォードが拳銃自殺をしてグループが解体されたそうですが、ドール事業はジェン・テック社に移植されただけだとすれば胸糞悪いですね。カイは自由になった(推測)かもしれませんが、第二、第三のカイが今後生まれることは容易に想像できるので…。
カイも含めて、ドールの未来は今後どうなるのでしょうね…。
エピローグ
クロフォード自殺事件と、過去2年間にカイがどう過ごしていたかについて秘密が明かされます。
とはいえ、ほとんどがヴィンセントとドクタームアーの推測に過ぎないのですが…。カイはいまだにドールではあるようですが、クロフォードはどうやら他殺にも関わらず自殺と片付けられたところからして、本人自身もその破滅を予期していたようで、再生処理プログラムを施したカイに「どれだけ時間がかかってもいいからヴィンセントと落ちあえ」も命じ、それ以降は彼をドールプログラムには再投入せず、ドールとしての管理下から完全に外したようです。
あれほどまでに執着していたカイをあっさり手放したところからして、クロフォードの身に相当危険が迫っていたのでしょうね…。
ドクタームアーから「カイに人間になってほしいのは彼のためですか?あなたのためですか?」と問われたヴィンセントは「あいつに意志を持ってほしい。死ぬ時は俺と一緒に墓に入ってもらう」と答えますが、ドクタームアーからはそれは人間らしいわがままだと言われます。ドクタームアーはカイをトースターに例えて、ヴィンセントが死んでもまた新しい管理者を求めて彷徨い、その人の寿命まで寄り添い…をカイは繰り返すだけだと言います。
カイは意志を持っているように見えますが、それはあくまで自分の管理者を愛するように(はたからは見えるように)プログラムされているから…。そう考えると、カイを自分の寿命とともに終わらせたい、それまでずっと愛していると彼を自分の手元に置いておくことはカイにとってどんな意味があるのかと考えてしまいます。カイはヴィンセントが生きている間は管理者に守られて安全ですが、そのあとは?カイをどうやって生かすことが彼のためになるのか、私はまだ考えが追いつきません。
After the Fall
トップクラスの報酬を誇る民間傭兵会社「ドラゴン・レディ」で、「死神」と恐れられているヴィンセントは、ジェームズ・J・ビアンキという暴れ馬のような新人の教育を任されます。ビアンキは自分が認めない相手からは指図を受けないという主義に則り、ヴィンセントに襲いかかります。
ヴィンセントの凄まじい「殺し」の能力に舌を巻いてしまいます。ビアンキという凶悪な、しかも自分よりも上背のある男を、赤子の手をひねるがごとくあっさりと倒してしまう…かっこよすぎました。しかも傭兵だからといって人を殺すだけが任務ではないと冷静に説明する姿もクールで…。傭兵=人を殺す仕事だと思っていた自分の浅はかさが恥ずかしかったです。
これはきっとカイと出会う前のヴィンセントのお話だと思うのですが、あれほど情に厚く優しいヴィンセントにもこんな血生臭い時代があったのだなあと感慨深さを覚えます。
STUDIO NOTES
ナルキッソス 本作は完成するまでに10年以上かかった。空軍で働いていた頃にストレス解消で酒を飲むのに飽きて小説を書き始めた。ネットで知り合った友達のために小説を書いており彼女たちの希望でリンチは射殺される予定だったが生かすことに。ビアンキは続編「Persona non Grata」の主人公。
咎井 暴力って萌える!
まさか完成するまで10年以上もかかった作品だったとは…正直に言えば、「In These Words」や「FATHER FIGURE」「EQUILIBLIUM-均衡-」の方が本作よりもずっと複雑で難解だったので、これはかなり意外でした。そして、ナルキッソス先生はあまり他者の評価に左右されないというか、自分のかなりダークな性癖に従って書いておられるものだと思っていたので、ネット上の友人たちにハピエンにするよう促されて…というのもまた意外でした。
CHARACTER DESIGNS
ヴィンセントについて
咎井 最初は「IN THESE WORDS」ほど心惹かれなかったけど再読するうちにヴィンセントのデザインが明確に浮かんできた。ヴィンセントを描くことはデビッドの構想を練る助けになった。
カイについて
ナルキッソス 最初の下書きは全くイメージと違っていた。カイのロン毛イラストを見た時に「彼だ!」と閃いた。カイのイメージイラストが決まった瞬間はGP(Guilt|Pleasureの略)がパートタイム的な仕事から本格的なユニットになった決定的な瞬間だった。
咎井 美しくなきゃいけないけど読者に共感してもらうためになんらかの感情は見せなくてはいけないからバランスが難しかった。
「カイは美しくないといけないけど、読者に共感してもらうためになんらかの感情を見せなくてはいけない」が面白かったです。たしかに、無表情で無機質そうないかにも機械のキャラクターに共感するのは難しいのかも。
ILLUSTRATION
illustration01 ヴィンセントがクロフォードから依頼を受けるシーン
咎井 このシーンを描いたのは3年前でクロフォードは簡単に描けたけどリンチはキャラクターがまだ深く理解できていなかったから描けなかった。
illustration02 カイがドクター相馬の膝枕で眠るシーン
ナルキッソス 「IN THESE WORDS」にGPとして取り組み始めて一年が経っていたけどユニットとしてのGPを意識するようになったのはこのラフをもらった瞬間から。
illustration03 ドクター相馬がカイの長い髪を切るシーン
ナルキッソス 淳には問題があって、イラストを描くのに力を入れすぎるがあまり小説に伝えたディテール以外のものが描かれている場合があるの。このシーンでも板張りの窓だったはずなのに窓から光が差し込んでいて修正してもらう時間がなかったから窓についていた板を全部取り外したの(後に現在の描写に落ち着いた)。
小説に書いていないことを描く、その結果、小説を書き直さなくてはいけなくなる…これは相当ストレスのかかることかと思うんですが、「問題」という言葉で片付けてしまうお二人の関係性の深さに感嘆しました。短気な自分なら、「締め切り前で時間がないのに!!」って怒ってしまいそう😂
ちなみに、私はドクター相馬が大好きなので、このシーンは本作で一番好きな挿絵でした。命をかけてでもカイを研究所から出す決意をしたドクター相馬の勇気を決して忘れません。
illustration04 ヴィンセントがアレクシスの顔に触れるシーン
ナルキッソス アレクシスは『Cruel to Kind』というGPの別の小説からのゲスト出演なの。作中アレクシスはちょっとしか出てこないので、そのためにわざわざ淳に新しいキャラをデザインしてもらう手間をかけさせたくなかったの。
「カイは美しくても読者に共感してもらうために感情を出させないと」と前に咎井先生がお話していましたが、その点でアレクシスは全く感情を出さないキャラだったので、作中ではすごく魅力的に感じたのに、絵を見た時に妙に愛着が沸かず不思議な気持ちになったものでした。
illustration05 ショーン・ホプキンスがカイに無理やりフェラをさせるシーン
咎井 この男は本当にゲスいキャラで、私はめちゃくちゃ楽しんで描いた。醜くて吐き気をもよおすようなものを描くのが超好きなんだよね。魅力的でない人間を描くって、すごく自由になれた気がする。何かきれいなキャラクターを描くと、どれだけ完璧に描かれているのか、細かいところばかり見られているように感じるから。
「魅力的でない人間を描くのってすごく自由な気がする」というのは名言だと思いました。魅力的じゃない人間って、ある意味で一番人間らしいのかもしれません。
illustration06 カイについたショーンの返り血をシャワーで流させるシーン
咎井 普段プロとして仕事をしているときには、いろいろなアイディアをクライアントに見せるようにしているんだけど、このイラストでは、リンチの腕がカイの陰部を隠してくれる案を選んで欲しかった。この小説はそういうところを描かないほうがいいなと感じたから。BL小説だからって、そういうものを必ず描かなきゃだめだっていうのは違うと思う。この作品では、セクシャルなものを見せることに、あまり意味を感じなかった。
ナルキッソス 本作でエッチなシーンをあまり少詳細に書かなかったのは理由がある。まず、この作品が主にリンチの視点で書かれているという点。彼はストレートでシンプルな人間だから、そんな彼の行為を細かく描写するのは違うかなと思ったのがひとつ。詳細な描写を入れてたら小説のトーンが全く違ってくるし、本題からずれてしまう。私がこの小説で焦点をあてたかったのは、リンチの心の葛藤と話が進むにつれ変化していくリンチの姿だったから。
たしかに、本作ではセックスシーンが一度だけあるんですが、かなりあっさりしているんですよね。それはヴィンセントの「ドールを犯している」という罪悪感のようなものゆえかと思っていましたが、そこが本題ではなかったからなんですね。
illustration07 ヴィンセントの車内でカイが彼の膝枕で眠るシーン
咎井 しばらくリンチを描いていなくて、最後にこの小説のためにリンチを描いたのは二年以上前になるよね。イラスト集『NOIR』に収録するためにリンチを描いてはみたけれど、なんとなくリンチじゃなかった。リンチを描くときは体を先に描いて、他は後からついてくるって感じ。
illustration08 カイがドクタームアーに手当てをしてもらうシーン
咎井 このカットでは、あえて視点を変えてみた。同じようなアングルのイラストが多かったから。あとここでのチャレンジは、裸体そのものを前からどーんと見せないようにしたこと。このシーンが物語にどんな影響をもたらしているのか伝えることが、私にとって大切だったの。だからカイは読者に背中を見せているわけ。この構図だと傷跡も強調されるし。
illustration09 カイとヴィンセントが初めてキスするシーン
咎井 カイは外見が中性的なキャラクターで、そのうえで男性としてみせるのがいつも大変。とくにリンチの隣だと、すごく繊細で女の子みたいになっちゃう。
ナルキッソス 『One of these Nights(In These Wordsの過去サイドストーリー)』の中でデビッドが克哉を抱きしめているシーンがあって、そのシーン同様、この場面も好き。二人の体の大きさの違いが見て取れるだけでなく、雰囲気でも感じることができるから。デビッドやリンチみたいな人物は、単に男らしさを描くためのキャラではなく、誰かを守ることができる能力を体現してもらいたくての設定。こういうイラストを見ると、改めて彼らの包容力が伝わってくる。
ナルキッソス先生のお話は個人的にかなり意外なものでした。てっきり、ムキムキのマッチョマンを描くのは単にナルキッソス先生や咎井先生の性癖によるものかと思っていたので…。著作によくそういった男が出てくることからして、「男らしさ、包容力を持った男が好き」とも言えますが…。
illustration extra カイとヴィンセントのセックスシーン
咎井 この作品のイラストの中で唯一のセックスシーンだから、どうしても他とは違うアングルで描きたくて。二人の間の親密さだけでなく、リンチをフレームの手前に移動させることで彼の強さを表現したかった。たしかデビッドでも同じことをしていると思う。
これは絵画的なテクニックを教えてもらえた感じがしてすごく興奮しました!このシーンではカイやベッドなどは小道具に過ぎず、とにかくリンチの印象、心情を読者に強く訴えかけているのですね。
illustration10 ヴィンセントがカイに彼の母の写真を見せるシーン
咎井 まるでリンチが自分の体を見せびらかしているようだから、このイラストが大好き。
illustration11 カイがヴィンセントとともに母の写真を見つめるシーン
ナルキッソス この小説はタイトルこそ『THE DOLL』だけど実はリンチの話なんだよね。彼の視点から述べられているから、彼の変化を彼と一緒に経験することができる。そしてリンチは変化の結果、カイを受け入れたんだけど、それは、ドールは自分の意思を反映するだけの存在だって言ってたリンチが、ドールそのものを受け入れたということなのか、どうなのか……。
この小説を書いているとき、二人の関係性とかカイの存在に関してとかいろんな「答え」を考えていたけど、読者には自分で自分の結論にたどり着いて欲しい。実際カイは人間だったのか? 生物学的なものだけではなくて、果たして人間の正確な定義とは何か? とか。いろんな結論があっていいと思ってる。
ヴィンセントはドールであるカイを愛したことで「ドールを受け入れた」と思っていたのですが、彼にとってはカイはドールであってドールではないのかもしれません。なので、ドールを受け入れたわけではなく、カイを受け入れただけなのかも。
そして、人間の正確な定義とは…何なのでしょうね…。限りなく人間に近いドールに自分が唯一違和感を感じるのは、「死という終わりがないこと」です。人間は結局生き物なので、寿命があります。それこそがいろいろな意味で人間を人間たらしめているのかなと思います。
illustration12 森の中をカイとともに疾走するヴィンセントのシーン
咎井 カイを描けば描くほど難しく感じたのは彼の髪型のせい。彼の髪が自然になびいているように見せるのにものすごく時間をかけた。特にこの場面みたいに動いている場面では。とにかく八十年代のロックバンドの人に見えないようにね(笑)。カイはストレートな髪型だととてもつまらなかったので、少しウェーブを入れて顔まわりがよく見えるようにしたの。
illustration13 ヴィンセントがカイを銃殺するシーン
咎井 ここはこの小説の中でも好きなシーンのひとつ。もう今さら驚かれないと思うけど、主要キャラクターの死ぬ場面が好きなんでね。私は死が美しいものだと思っている。死は、何かの終わりでありながら一瞬のことでしかないから。
ナルキッソス すごく重要で鍵となるシーンなんだけど、実は私が最初に気になったのはリンチの銃のこと。彼はベレッタを持っていて、この銃は二発打ったあとには撃鉄が上がっていなくちゃならない。淳と私は十分以上その点について話し合って、結局淳は、銃のシングルアクションとダブルアクションの違いをレクチャーを受ける羽目に。
ここまで咎井先生のインタビューを聞いて思ったのは、「GP」の作品のダークな部分のほとんどは咎井先生の提案なのではないか?ということ😂 極悪下衆男を描くのがお好きだったり、死や暴力は萌えだとおっしゃったりと、咎井先生はなかなかパンクでいらっしゃる…!
illustration14 カイがヴィンセントとカフェで再会するシーン
咎井 この場面。ここでカイが変化したなって感じた。カイはちゃんと彼自身の人格をもっていて、おまけにファッションセンスもあった…!
illustration15 カイの銃創を見てヴィンセントが彼を抱きしめるシーン
ナルキッソス 小説本文自体のラストもすごく優しい雰囲気だけど、この場面のほうが、もっと何かこう胸に突き刺さるものがあるなと思ったから。この場面は、失った愛を本当に取り戻して、それを現実として抱きしめる一瞬。淳が、リンチの表情とカイのしぐさでそこを描いてくれたのがすごく嬉しかった。
AFTERWORD
ナルキッソス 『THE DOLL』を英語版で出してからほぼ二年がたった。
GPを結成して一年弱ぐらいで、『IN THESE WORDS(以下ITW)』を制作しつつ、GPの活動のひとつとしてイラストつき小説の公開をはじめたんです。一章1イラストを毎月公開ペースで。でも、びっくりしたことに、作品があちこちで盗用されて。そういうことが続いたから、全ての作品をネット上から削除せざるを得なくなって、すごくがっかりしてモチベーションも下がったんだよね。でも、ずっと怒っていると健康状態にもよくないってことで、プロジェクトを中断するしかなかったんだよね。だからたった三章で『THE DOLL』は中断して三年間放置してたんだけど、この物語をきちんと完成させたいんだってあるとき気付いたの。
私としては、警察とか軍隊とか傭兵とかが全面に出てくるストーリーのほうが、ロマンスよりぜんぜん書きやすいんだけどね。
咎井 私は、サイコなキャラクターを好きになる傾向があるんだけど、ビアンキのマッド具合にはなんだかすごく萌えていて(笑)。
リンチについてはフリートークやイラストレーションでも語っているとおり、本当に体格が好みのタイプなのよね。
再開したときには、ITWのサイドストーリー『New York Minute』のデビッド・クラウスがすでに世に出ていて。しかもデビッドは読者人気が高くて、すぐさまさよならするわけにはいかなくなっていたの。デビッドは濃い髪色の設定だったので、それでリンチをちょっと変える必要がでててきて。
リンチが暴力を振るうところには何かとてもセクシーな感じがして、正直どうしても偏愛しています。
ナルキッソス先生のお話から、ネット上で何度も盗作被害に遭ったことを知って驚きました。そんな経緯があったとは…。そして、デビッドの読者人気が高いというお話は個人的にとても嬉しかったです(デビッドが好きなので)。
追放者-Persona Non Grata-
新しい名前を手に入れ、カイと平凡な暮らしを幸せに過ごしていたリンチ。その平穏は、傭兵時代の元部下・ビアンキによって破られます。ビアンキはジェン・テック社の指示でカイを誘拐し、リンチを瀕死の重体に追い込みます。リンチはカイを取り戻そうと計画しますが…。
本作は「THE DOLL」シリーズの続編ということで、一応ボーイズラブというジャンルにはなっていますが、セックス描写はあるもののレイプのみなので、カイとの愛あるセックスを求めている方には要注意かもしれません。しかもレイプの内容は、ビアンキ×リッチ、傭兵×ピート(リンチが息子のようにかわいがっている情報屋)なので、リッチは絶対攻めじゃないとダメ!という方も要注意です。
ちなみに、リッチがカイを連れ戻す話であるのですが、カイはほとんど出てきません。
話の割合的には、リッチとビアンキの闘いが7割、リッチとピートの擬似家族愛が3割という感じです。
それを踏まえて、それぞれの注目ポイントについてお話ししていきます。
まずは、リッチとビアンキの闘いについて。
リッチはビアンキを「今もこれからもお前はずっと俺の最高傑作だ……それでいて最大の失敗作だ」と語っており、自分に匹敵するほどの武力を持った男として彼を認めています。ただ、自分に懐いていたビアンキを何も言わずに傭兵部隊に置いて行ったことについて、リッチは「ヤツが俺に抱いていた憎悪は理解していたつもりだ。憎悪はわかりやすい。ただヤツの愛は理解できなかった」と語っています。
ビアンキはカイを誘拐する際にリッチを瀕死の状態にまでいたぶりながら、お前の顔を歪ませるためなら、彼の愛する者をヤク漬けにして目の前ではらわたを引き裂きたい!とあそこを勃起させながら恍惚と語っていました。これはビアンキの「憎悪」の部分だと思います。
一方、ジェン・テック社の屋上で、ナイフだけを片手にお互いに一対一で戦った時、ビアンキはリッチの頸動脈を狙えたにも関わらず、わざと外して、自分からリッチに殺されます。これはビアンキの「愛」の部分だと思うのですが、これが難しいところです。
ビアンキはリッチに出会った時から、彼の手で殺されるために生きていたのかもしれません。ビアンキにとっては、リッチは自分よりも強い唯一の男だったはずなのです。彼に傭兵部隊に置き去りにされた時、ビアンキはまるで親に捨てられた子供のような気持ちになったのかもしれません。それゆえにリッチを憎悪し、彼の顔を苦痛に歪ませるためならなんでもしたいと本気で思うようになった…でもその一方で、誰からも理解されなかった狂人の自分がやっと出会えた「同類」の人間にこそ、自分の何もかもを理解してほしい、自分の死という特別なものはリッチにこそ彩ってほしい、自分の命が消える瞬間だけでもリッチとそばにいてほしい、と考えていたのかもしれません。それこそ、ビアンキにとってのまっすぐな愛、これ以上ないほどのラブコールだったのかも。
そう考えると、本作は、命を賭けた闘いでしかリッチを求められなかったビアンキの不器用な愛の話だったのだなと、胸が苦しくなります。同作者「FATHER FIGURE」での、父を愛するからこそ犯していた息子のことを思い出しますね。
次に、リッチとピートの擬似家族愛について。
ピートは本作で初登場のキャラクターです。実の父が病死した後、彼は養父に虐待されていたようで、劣悪な生育環境からなんらかのきっかけでリッチが救い出したことから、彼のためにブラックハッカーとして活躍します。リッチのカイを救い出す計画は杜撰なもので、ピートは危ない綱渡りをするリッチに計画を練り直すように説得しますが、リッチは自分の経験を当てにして聞き入れません。リッチのサポートをよりできるように、ピートは危険だと知りながらも、彼のそばで仕事をします。そのせいでピートはビアンキに捕まり、リッチの目の前で犯され、さらには焼きごてまで押し当てられ、記憶を消す薬まで打たれて、残虐な人身売買組織に売り飛ばされてしまいます。
リッチはカイの救出を完了した後、カイを見ようともせず、ピートの生存を祈って探し回ります。
ここがかなり意外なところで、リッチはカイを取り戻したにも関わらず、カイに全く興味を示さないんですよね。それどころか他の人に管理してもらおうとまで考え始めます。それは、ピートを犠牲にした、救えなかったという苦しみゆえでした。
リッチは死をも恐れずにカイを取り戻しに行ったので、てっきり「カイが取り戻せたのなら、ピートが犠牲になっても仕方ない」と淡々と思ってしまうのかな(愛する人が死ぬ経験は、リッチの傭兵という経歴上たくさんあったと思うので)と考えていたのですが、私が思っていたよりずっとリッチは愛情深い男でした。まさかピートを思うがゆえにカイへの興味をなくすとは思ってもみませんでした。
そして、リッチはピートが売却されたルートを執拗に探り、ピートを売り捌いた人身売買組織のトップの一人であるデソトを殺害までしてしまいます。デソト曰く、「ビアンキからもらった薬を打ち続けて4日目でピートは死んだ」とのことで、人身売買された人間たちを管理する帳簿からもピートの名前は消えており、ここでリッチはピートの死をはっきりと実感してしまいます。
正直、ここまではリッチが「ピートは生きているかもしれない」と強く信じて行動し続けてくれたおかげで、読者の私もその一縷の望みにかけながら読んでいました。けれど、ピートを売られた側が、リッチに脅されている状況にも関わらず「彼は死んだ」とはっきり言ったことからして、彼が嘘をつく理由などあるはずもなく、「ピートはビアンキが言っていたとおり、大勢の人間に嬲り殺されたんだ」と痛感してしまい、涙が止まりませんでした。
ビアンキは、デソトに売った少女が鞭打ち初体験の顧客に鞭で滅多打ちにされ、尻は骨まで見えるほどに肉がえぐれた状態で殺された(少女を憐れんだ仲介人がヤクを多めに打っていたため、少女はそれほど鞭を打たれても意識を保ったままでした)と楽しそうに語っていました。
おぞましい虐待の現場からリッチに命を救われた優秀なピート。彼の最期が、また痛みや苦しみでいっぱいになってしまったことがつらくて、どうしてこんなことになってしまったのかと、私の頭は何もかもを後悔する気持ちで埋め尽くされてしまいました。
その後1年間、リッチはカイを箱から開封することもせず小さな仕事をこなすばかり。もうリッチは何にも心動かされないのかもしれないと思った矢先!なんと!ピートがリッチに会いにきたんです!!
リッチの願望が見せた幻なのでは、リッチはピートのことを悔やむあまり薬を過剰摂取してそんな夢を見ているのではと疑いましたが、ピートは自分が生還した足取りをはっきりと語ってくれました。
最後にピートは「アンタは僕がこんな目に遭ったのは自分のせいだって思ってるかもしれないけど……アンタのためならもう一度やっても構わない」と言い、リッチに抱きつきます。まるで本当の父に対するように、いやそれ以上の絆をリッチに抱いているピートを見ながら、私は涙が止まりませんでした。なんという健気な愛、無垢な愛、勇敢な愛…。たとえ家族や自分の記憶を失っても、リンチのことだけは忘れないと、執念で歯を食いしばり続けたピートの強さにも感動しました。
ビアンキが「殺すか、殺されるか」の関係でリッチに愛の証明を迫ったのに対して、ピートはリッチのへまでどれほど傷つけられようと彼のそばで彼のために尽くすという愛を示しました。ある意味で、本作はリッチの「二人の息子」の話だったのかもしれません。二者二種の愛の形。どちらが正解とは言えないけれど、ビアンキにもしリッチの穏やかな愛情を受け止めたいという思いが少しでもあったなら…と考えると、殺し合う以外の幸せな未来があったのではないかと胸が苦しくなります。ビアンキにとっての最上の幸せは、リッチとの殺し合いだったとは分かっているのですが。
まとめ
「THE DOLL」シリーズは、Guilt|Pleasure先生作品の中でも初心者向けだと思います。
容赦のないバッドエンドが目立つ先生の作品群の中で、本作は比較的、登場キャラクターたちが生還することが多いからです。
辛い展開によるカタルシスは得たいけど、あまりにもしんどいのは読めない…と躊躇している方には、ぜひ本シリーズをおすすめしたいです!
1巻では、割と王道としてリンチ(ピンチから救う側)×カイ(ピンチに陥っている側)の恋が描かれ、2巻ではやや背徳的?な、ビアンキ(悪役)×リンチ(正義の味方)のレイプが描かれます。
どちらも念入りな下調べで厳重なセキュリティを掻い潜るスパイのような知的な面白さと、血みどろの肉弾戦という肉体的な面白さが存分に描かれており、五感をフルに使って楽しませてもらえます。
本作で一貫して問われている「意志を持ったアンドロイドは人なのか?」という問題について、私はまだ答えを出せません。寿命はなく、死の概念もない。けれど、目の前の人が何を欲しているかを理解し、自分なりに解釈して行動することができる。それはもう人のようにも思えるし、寿命がない以上は機械だとも思えます。でも、私はいくらプログラミングされた枠内であってもそのアンドロイドがなんらかの意志を持った時点で人なのではないかと思います。そして、そのアンドロイドを所有する人がアンドロイドを人だと思う限り、人なのだと思います。
けれどこれは十人いれば十人別々の考えがあると思うので、何が正解かは分かりませんね。
アンドロイドと人間の違いとは何なのか?アンドロイドと恋をするとはどういうことなのか?アンドロイドが「幸せ」に生きるにはどうすべきなのか?もし近い未来に私たちの周りにアンドロイドが溢れたら…と考えながら思いを巡らせると、とても面白いです。
あなたもこの仄暗いSFアクションの世界にどっぷりと浸かってみませんか。