小石川あお先生「ご主人さまとけだま」を読みました!
登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨
登場人物とあらすじ
口下手な男やもめ×人が大好きな猫の妖怪(できそこない) のお話。
<あらすじ>
ひとり暮らしのサラリーマン・千草が子猫だと思って拾った薄汚れた毛玉。
綺麗にして、ご飯を食べさせ、あたためて寝た翌朝―部屋には白くて長い髪に着物、猫耳と尻尾が生えている見知らぬ青年がいた。
千草を「ご主人」と呼び、懸命に仕えようとする彼に「けだま」と名付け、一緒に暮らすようになるが…。
こんな人におすすめ
- 健気で一途な受けに弱い😭大好き😭
- 人外ものに惹かれる!
- 動物が好きだ!!!!!
ネタバレ感想
①「ご主人に幸せになってほしいのです」けだまの健気な献身に号泣
痩せっぽちの野良猫だった「けだま」は、人間に拾われたものの「痩せっぽちの野良なんていらない!」とすぐに捨てられてしまいます。それでも人間を愛していたけだまは「ご主人 だいすき」と声の限りに叫び続けました。その命が尽きるまで。
愛されたかったという願いを叶えられず、でも人間を恨むこともできなかったけだまは、出来損ないの猫のもののけとして生まれ変わります。小汚いもののけになど、誰も振り向いてはくれません。
それでも、けだまは夢見てしまいます。無理だと分かっていても、もっとなでてほしい、さわってほしい、だれかぼくを必要として…と心の奥で叫び続けていました。
そんなけだまを偶然拾ったのが、バツイチ会社員の千草。けだまがどんなに薄汚れて貧相な姿でも、千草はけだまを一心にお世話します。
千草の優しさに触れたけだまは、「お役に立たなきゃ ぼくなんてすぐにいらなくなってしまう」と必死で家事をこなしますが、不器用なけだまは失敗ばかり。それでも、ただ千草の役に立ちたい、幸せになってほしい、愛されたい、名前を呼んでほしいというその思いだけで、手も足も傷だらけ泥だらけにしながら励みます。
そんなけだまを見て、千草はこう言うんです。「お前はちゃんとかわいい」と。みっともなく痩せたしっぽも欠けた耳も、うまくできない家事も、自分の全てがけだまにとっては恥ずかしいものでした。出来損ないの自分の証明のようで。でも、千草はけだまの全てをただ「かわいい」と愛してくれるんです。
それを聞いてけだまは、「やっぱりけだまはご主人のお役に立ちたい」と奮い立ちます。うまくできなかった家事も、努力するうちに難なくこなせるようになりました。家の近所であれば迷わずに出かけられるようにもなり、時には力仕事だってこなせます。
「愛されたいから努力する」けだまは、千草の愛を受け止め、「ご主人を幸せにしたいから努力する」けだまにへと成長していくのです。
もう自分は愛されているのだと安心して日々を過ごせる、だからこそ、ご主人を愛する力を糧に頑張れる。けだまの健気な成長に涙が止まりません。
②けだまが見つけた「お役に立てること」の残酷さ
けだまは千草に愛されていることをうっすらと自覚しながらも、ずっと「ご主人を幸せにするにはどうすればいいか」に悩んでいました。
千草は「お前が猫だろうともののけだろうとなんでもいい この家でずっと二人きりでいればいい」と、けだまが過剰に自分の幸せを願うことを不安がります。ただそばにいてくれたらそれでいいのだと言うのです。
けれど自己肯定感の低いけだまは、それはけだまが喜ぶだろうとご主人が心配してくれて言っただけで、ご主人の本当の幸せはそうじゃないはずだと思ってしまうのです。
そんな中、けだまは出来損ないの妖怪である自分に命のタイムリミットが迫っているのを感じます。妖怪は本来人間の生気を吸い取って生きながらえますが、出来損ないのけだまはそれをすることができません。衰弱していくばかりのけだまに、千草は強引に正気を吹き込みます。そしてその事実を千草は隠していたにも関わらず、近所の霊感高校生がけだまにそのからくりをバラしてしまうのです。
けだまの心が不安に揺れていた時、千草が川に捨てられた猫を助けようとして溺死しかけてしまいます。呼吸の浅い千草を見つけたけだまは、ハッとするのです。自分が役に立てることを見つけた、と。
「今 お返ししますね けだま ご主人の大切なもの預かっておりましたので」と言うと、けだまは千草に口付けます。
「胸が熱い そうかぼくは今初めて ほこらしいのか」と思うと同時に、けだまはつぶやきます。「さようなら ご主人 どうかお幸せに」「けだまはご主人のことが大好きです」と。
息を吹き返した千草の目には、もののけの姿に戻ってしまったけだまの死体が写ります。千草を助けようと河原まで裸足で走ってきたけだまの体は傷だらけの泥だらけです。けだまに手を伸ばそうとしても、千草のまぶたは生き延びた安堵からか、閉じていってしまいます。千草の買い物袋からは、けだまの大好物であるツナの缶詰が転がっていました。
笑顔のまま動かなくなったけだまの上に雪が積もります。 「ねえあれ猫かな?」「やだかわいそー」と女子高生たちが楽しげに笑いながら河原を通り過ぎていきます。
自分がいなくなったら千草が悲しむと理解しながらも、けだまは千草のために自分が何をしてあげられるのかをずっと考え続けていました。そして「なけなしの自分の命をあげる」ということが、けだまにとってのご主人への最高の恩返しだった…。その結果どれほど千草が悲しもうと、それでも千草は自分なしの世界を生きていけるはずだとけだまを祈りを込めて願ったのです。短くとも愛し愛された記憶があれば、千草は幸せに生きていけると。
どんなに愛しても愛を与えられず、もののけになってしまったけだまにとって、初めて無償の愛を与えてくれた千草は恩人だったはずです。その恩人に、けだまはどうしても最高の形で報いたかったのですね。
それでも、どれだけ理由は頭で理解できても、どうして二人で幸せに生きる道を選べなかったのかと、どうしてその選択肢を神は用意してくれなかったのかと、私は涙が止まりませんでした。
けだまの死に顔があまりに穏やかで、それもまた心臓が引き絞られるほど悲しかったです。
③幸せになんてなりたくないと失意の底にいた千草は、けだまに出会って変わっていく
妻を蔑ろにしていた結果、出張中に彼女を亡くしてしまった千草。妻を失ってから1年もの間、彼は失意の中にいました。けだまがどんなに千草を幸せにしようとしても、「俺にそんなことしてくれたって報われないだろ」「恩返しなんていらない、幸せになんてしてくれなくていい」と突っぱね続けてました。
しかし、けだまが懸命に千草の幸せを祈るので、彼は徐々に変わっていきます。千草が幸せになってもけだまには一文の得にもならないのに、けだまは千草に幸せになってほしいと尽くしてくれます。そんなけだまと生活するほど、千草は「けだまと過ごす生活」こそが自分の幸せなのだと気づいていくのです。
しかし、けだまにとっての幸せはそうではありませんでした。けだまにとっては、千草は命をかけてでも「もののけに生まれ変わるほど渇望していた愛を与えてくれた恩返し」をすべき相手であり、けだま自身の幸せなどどうでもよかったのです。自分の幸せを蔑ろにするところは、千草もけだまも似たもの同士かもしれません。
けだまが命をかけて自分を救ってくれたと知った千草は、深い深い悲しみに囚われます。酒を浴びるように飲み、泥酔することで日常から逃げ出そうとします。それでも、街中で汚い野良猫を足蹴にしている人がいれば、タックルしてでも猫を庇います。その後どれだけ自分が袋叩きにされても、もしかしたらその猫が、帰ってきたけだまかもしれないから…。
ろくに人間らしい生活も送ることができない日々の中で、千草はけだまそっくりのお守りを抱きしめながら涙します。「幸せになんて、お前がいないのにどうやって…」と。
そんなある日、千草は偶然にも人間に化けた時のけだまにそっくりな記憶喪失の青年に出会います。青年は記憶はないものの、千草と過ごした日々の思い出だけは夢で何度も見ていました。千草は思わず青年を抱きしめ「けだま 帰ってきてくれたのか」と泣きじゃくります。何も覚えていないのだと申し訳なさそうに言う青年(実は猫の神様がけだまの想いを汲み取って人間に転生させてくれた)に、千草はこう言うんです。
「いいよ お前は忘れててもいいよ 俺が全部覚えてるから また出会ってくれて 生きていてくれてありがとう」「今度は俺が幸せにするからな」と。
それまでずっと、千草はけだまから「幸せにしてあげたい」と願われるばかりで、けだまを幸せにしてあげることができませんでした。けだまは千草に名前を呼ばれたり、撫でられるだけで幸せだったかもしれませんが、その幸せにはいつも「こんなに幸せにしてもらったのだから、ご主人に恩返ししなくてはいけない」という義務感も必ずセットになっていました。
しかし生まれ変わったけだまは違います。これからは、もうどちらが愛しているとか、役に立たなければならないとか、幸せにしなくてはいけないとか、恩があるとか、そんなことを考えなくていいのです。
ただ、愛しているから一緒にいる。愛しているから幸せにしてあげたい、幸せになりたい。何の恩義や報いを感じなくてもいいのです。ただ、二人で幸せでいさえすればそれでいい。
けだまから肩の力が抜けたのもあり、けだまと再会してからの千草は「けだまを幸せにしたい」と無邪気に彼の幸せを願うようになります。
幸せになんかなりたくない、放っておけと不機嫌だった頃の千草とはまるで別人のようです。
けだまとともに、千草にも末長く幸せでいてほしいです。
まとめ
動物を愛するすべての人に読んでほしい、愛に溢れた一冊です。
痩せっぽちでなり損ないの猫のもののけが、「愛されたいから愛する・役に立つ存在だと証明する努力をする」というところから出発し、次第に「自分がどんな姿であっても相手は愛してくれるのだ」と自覚し、それでも「愛しているからこそ、相手をもっと幸せにしてあげたい」と、自分の命を投げ出してまで願うその健気さに、何度も泣かされました。
それと同時に、「幸せになんかなりたくない」と死んだように生きていた男が、一心に自分の幸せを願ってくれる存在に出会って、自分も相手を幸せにしてあげたい、どうしたら一緒に幸せになれるのだろうともがく姿に、成長と感動を感じます。
人は何のために生きるのでしょうか。幸せになるため?愛されるため?愛するため?誰かの役に立つため?
犬や猫などのペットを飼う人にとっては、いくらファンタジーとはいえあまりに卑近な話題すぎて相当衝撃の大きい作品かもしれません。それでも、ぜひ読んでいただきたい。
なぜ自分は愛するのか、相手の幸せを願うのか、どうやって生きていきたいのかを深く考えさせられる名作です。