べサン・ロバーツ「マイ・ポリスマン」のあらすじ・感想・レビュー・試し読み|1950年代英国、ままならぬ恋に身を焦がす既婚警察官と学芸員の行く先

小説

べサン・ロバーツ「マイ・ポリスマン」を読みました!

ハリー・スタイルズ主演映画原作!同性愛がタブーだった時代。愛し合う男性たちと、その妻を描く美しくも哀しいラブストーリー!

〈 アイリッシュ・タイムズ 〉紙年間ベスト選出!

【 時代に翻弄された愛を美しく描く〈 ニューヨーク・タイムズ 〉ベストセラーに絶賛の声! 】

◆ 素晴らしい……ハラハラとさせられる一方で、非常に正直な作品だ。
———〈ニューヨーク・タイムズ〉ブックレビュー

◆ 人々の人生が狭量な社会によって抑圧されていた時代を描く、忘れられない作品。
———〈ガーディアン〉紙

◆ 憧れと失望を描く感動作。
———〈オブザーバー〉紙

登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨

登場人物とあらすじ


教養に溢れたロマンチックなゲイ学芸員×幼馴染と結婚した純朴な巡査 のお話。

<あらすじ>
中学生だった頃、広い肩幅と逞しい前腕、青く澄んだ瞳を持つ15歳のトムと出会い、忘れられなくなったマリオン。
数年後、警察官となり大人の男性へと成長したトムと再会し、真っ逆さまに恋に落ちていく。
トムの親しい友人パトリックにも紹介され、3人で楽しく過ごす日々のなかで情熱的にプロポーズもされて幸せの絶頂を感じるが、トムの思いがけない秘密を知ることになり……。

 

こんな人におすすめ

  • 映画「マイ・ポリスマン」が好きだ🎞️
  • 秘密の恋に燃える🔥
  • 学芸員や警察官という禁欲的な仕事をする男にドキドキする👮✨

 

ネタバレ感想

①表現が詩的で美しい

M/Mロマンス小説は直接的な文章であることが多く、あまり情緒的、詩的な表現はされない印象を持っていました。
しかし本作は全く違います。うっとりするほど詩的で、何度も口ずさみたくなるような表現がたくさんあります。
以下に、その一例を挙げましょう。

テーブルに置かれたトムのむき出しの腕から発せられる熱をたしかに感じた。彼の体が部屋全体をあたためているような気がした。p25

わたしは薄暗がりに立ったまま、彼がわたしの肌に残していった湿り気に指で触れた。p60

わたしは波の硬質な輝きを見つめていた。 ふと、もっと深く水に浸かりたくなった。水のなかに潜り、ふたたび海に抱かれたくなった。p241

バラ園の前で足を止めた。数少ない街灯のほの暗い明かりが、花々を真紅に、血を思わせるような色に照らしていた。わたしの血かもしれない。謎めいて、とらえどころのない色。p250

バートは生来のリーダーだった。その低く柔らかい声か、すべてを見通したような顔か。大地から伸びてきたような、その立ち方か。木々のようにそこに存在する資格があるとばかりの自信か。p259

他の情報は全く知らなくても、その数行だけで世界観に没入できますよね。
言葉選びが美しくて、うっとりしてしまいます。これは原作者の才能はもちろんですが、翻訳者の方の語彙力にも大きく左右される部分だと思います。
あらためて、べサン・ロバーツ先生と守口弥生先生のお二人のタッグに大感謝です!

 

②パトリックのときめきがかわいすぎる!胸キュン!

その日は一日じゅう、わたしの警察官の「はい」という声以外、何も聞こえなかった。p105

彼はあまりに若かった。あまりに儚かった。そしてあまりに美しすぎた。p110

慣習、他人の意見、法律。そんなもの、自分の欲望や、愛を手にしたいという衝動の前では何もかもくだらなく思えた。p119

不思議なものだ。最初はこっそりと彼を盗み見ることしかできなかった。うれしさのあまり笑いだしてしまいそうで心配だったのだ。彼の若さに、きらめきに、赤らんだ頰に、興味津々で目を輝かせている様子に。太腿を閉じて座っている姿に、美しい肩を思いきりいからせている姿に、吹き出してしまうのではないかと。むしろ、このような状況に自分が涙してしまうのではないかと。p138

パトリックのトムへの一途すぎる想いは、見ていて辛くなるほどです。
結果、あまりにもトムを愛しすぎたせいで、「僕をマリオンと共有する?」というトムの非道すぎる誘いを断れなかったことは彼の大きな罪だとは思うのですが…そうだとしても、彼は刑務所に入らなければならず、囚人の男たちに何十人がかりで殴られなければならず…そんなことを本当に彼はしただろうか?と思ってしまいます。

パトリックのトムを表す言葉たちは一つ一つがきらめいていて、まるで宝石のようです。私は彼の手記を読み返しながら、涙が溢れるのを耐えきれません。

 

③同性を愛すること、性的マイノリティの気づきや苦悩を垣間見られる

どんな女性からも決して”癒し”を得られないことにも気づいているかもしれない。彼がそう気づいていれば何よりだ。一方のわたしは三十歳近くになるまではっきりとわかっていなかった。マイケル(※パトリックの元彼)とつきあっていたときも、心の片隅では、どこかの女性がわたしをここから引き戻してくれないかと思っていた。しかしマイケルが死んで、そんな考えがまったくばかげていたことに気づいた。わたしが失ったものを表す言葉は、愛以外の何物でもなかったからだ。p159

(※ゲイの旧友が年若い恋人と同棲しているのを見ながら)ふたりを見ながら、わたしはちょっとした空想にふけった。こんなふうにわたしの警察官と暮らすことができたら。夜には友人たちと語らい、酒を飲み、まるで――そう、夫婦のようにふるまうことができたら。p162

わたしの生き方。他人の生き方。道徳に欠けた人間、つまり性犯罪者であるということ。社会から孤立と恐怖と自己嫌悪を強いられる人間であるということ。p168

「自ら選べることは少ない。ただ道に沿って歩いているだけかな……」と話し始めた。だが、「何年もかけて学ぶんだ……」のあと言葉が続かなくなった。何を学ぶというのか? あらゆる他人を恐れ、近しい人すら疑わなくてはならないことを? 可能な限り偽らなければならないことを? 完全な孤独が避けられないことを? 八年連れ添った恋人すら、一夜を超えてともにすることなく、そのうち距離ができ、しまいには彼の部屋に押し入って、冷たく灰色に変わり果てた、吐瀉物まみれの体がベッドに横たわっているのを発見するはめになることを?p168

1950年代のイギリスでは、まだ同性愛が犯罪として扱われていました。
女はなるべく早く結婚して子供を産み、家庭を守る。男は、勉強して仕事をして家に金を入れる。
それ以外の生き方は許されませんでした。人間は男と女の二通りしかなく、異性愛しか存在しないと法律で決められていました。

そんな世界で、パトリックは息を潜めて生きていました。誰にも迷惑はかけません。真面目に仕事をして、愛する人と自分の部屋で静かに愛し合いたいと願うだけの、物静かで理知的な人でした。(トムとの交際に関してはマリオンに迷惑をかけていますが…)
それは彼の住むアパートの住人たちもよく分かっていて、だからこそ、マリオンがパトリックを同性愛者として通報した時に、「ひどいことをする」とパトリックに同情的でした。

2024年の現在、日本では同性愛は法律では禁じられてはいないものの、結婚は許されていません。
同性を愛するだけで非難される孤独と苦しみが、本作を読むと、はっきりと伝わってきます。想像を絶するほどの絶望感の中で、パトリックは生きていたのだと思います。
どうか世界から1人でも、愛する人と結ばれず苦しい思いをする人が減ってほしいと思います。

 

まとめ

本作の映画版はこちら⬇️

映画版「私の巡査」を先に鑑賞しました。当時、鑑賞後に思ったのは「マリオンの行動の意味が分からない…」でした。

トムとパトリックが不倫関係にあることを知ったのなら、2人に直接別れてと言えば良かった。なのに、わざわざパトリックの職場に「あなたの美術館の従業員は同性愛者です」とヒステリックなタレコミの手紙を出しておいて、後になって「私のせいかも…」とビビっている。あなたのせいに決まっているでしょう。
刑務所に入れられているパトリックを見て悦に浸っていたくせに、要介護状態のパトリックを引き取って、トムを愛しているのに相手にしてもらえないパトリックを見て自慢げに思っているのかと思ったら最後は1人で家を出ていく。

この女性は一体何を考えているんだ?パトリックを憐んでいる自分が大好きな偽善者じゃないか。そう思いました。
けれど、原作を読んで、自分がどれだけマリオンを誤解していたかに気づきました。

マリオンはトムとパトリックの不倫関係に気づくまでに、もうすでに限界状態にあったんですね。トムの心はマリオンにほとんど向いていなかった。マリオンの心はどんどん荒んでいって、パトリックとの関係を同僚に言い当てられ、しかも、「トムは変わらない」と断言されたのが決定打だった。マリオンは「パトリックのもとからトムは帰ってきてくれる」と信じていたから。自分がマリオンの立場なら、パニックを起こして同じことをひてしまうかもしれないと思いました。
そして、静かに日々を送っていたパトリックを刑務所行きにしてしまったことへの罪悪感もあり、彼を引き取りたい、余生はどうかトムと過ごしてほしいと願ってしまうかも。

原作を読むと、マリオンの心情がとても丁寧に描かれています。移ろいゆくイギリスの美しい風景の中で、マリオンが何に心を揺らし、何に打ちのめされていたかがよく分かる。

M/Mロマンス小説はどうしても英文の翻訳になるので、なんとなく英文っぽい雰囲気の文章になりがちですが、本作は不思議なほど日本の文芸作品っぽいです。翻訳っぽさ、英文っぽさが薄いというか。なので、普段よりずっと読みやすいと感じました。

不倫モノというと手が出しにくく感じてしまうかもしれませんが、逆にBLよりも文芸作品に触れる機会が多い方の方が本作はすらすら読めるかもしれないと思いました。そういう文体でしたし、濡れ場のエロティックさよりも、人を愛することの難しさという心理描写に大きく文字が割かれているように感じました。

M/Mロマンス小説初心者の方にぜひおすすめしたい一冊です📚✨

マイ・ポリスマン
作者:べサン・ロバーツ
中学生だった頃、広い肩幅と逞しい前腕、青く澄んだ瞳を持つ15歳のトムと出会い、忘れられなくなったマリオン。数年後、警察官となり大人の男性へと成長したトムと再会し、真っ逆さまに恋に落ちていく。トムの親しい友人パトリックにも紹介され、3人で楽しく過ごす日々のなかで情熱的にプロポーズもされて幸せの絶頂を感じるが、トムの思いがけない秘密を知ることになり……。

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