キム・フィールディング「Speechless」シリーズのネタバレ感想|隻眼の工員×失語症のギター弾き ひとりぼっち同士の切ない恋の物語

小説

キム・フィールディング「Speechless」シリーズを読みました!

登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨

登場人物とあらすじ


隻眼の工員×失語症のギター弾き のお話。

<あらすじ>
工員のトラヴィスが仕事帰りに見かける男は、声を失ったギター弾きだった。
仲よくなったふたりはお互いを理解し、互いの存在がかえがえのないものであることに気付く。
そんなある日トラヴィスに転勤の話がもちあがり―。

 

こんな人におすすめ

  • 切なくも、ロマンチックで濃厚な恋物語を読みたい😢
  • 長編は苦手、サクッと深い物語を楽しみたい📖
  • 凸凹な2人が静かに恋心を深めていく様子を見守りたい🥹

 

ネタバレ感想

Speechless

①愛に裏切られてきた男たちの恋

攻めのトラヴィスは信仰心の厚い両親から「愚かな性的異常者」と罵られて育ち、今でも連絡はほとんど取っていません。高校までゲイであることをカミングアウトできず、それ以降も長く付き合う関係を築くことに億劫になっており、ワンナイトの関係を不定期に続けています。また、今の職場や住まいの近くに友人もおらず、飼い猫のエルウッドだけがトラヴィスの心を慰めています。

一方、受けのアンドリューは実母を亡くしており、義母とはある程度連絡は取るものの、家族としての温かな付き合いはあまりありません。さらには、交通事故で失語症になったことで五年も付き合った恋人に振られ、長らく自分の殻の中に閉じこもっていました。

トラヴィスもアンドリューも、家族、恋人という愛を与えてくれる存在との縁が希薄で、安定して愛を与え、受け止めてくれる存在をずっと欲しているように感じました。

②なにもかも違う相手との恋だからこそ、悩む

アンドリューと付き合い始めて半年ほど経ったある日、トラヴィスは親友のサラと世間話をしながら不安に思っていることを打ち明けます。
「(アンドリューとの交際を)俺正しくやれてるか不安なんだ。俺が失敗して台無しにしてしまったら?」「(アンドリューとは)住む世界が違う」と。

アンドリューは人気小説家で、その日暮らしのトラヴィスとは違い、ある程度の収入と資産があります。また、家族は離れ離れで関係は希薄ではあるものの、義母は人類学者の教授でゲイにも理解があったりと、トラヴィスの家族とは異なる知識層といった印象です。

恋をする上で、恋心と同じくらい、お互いの置かれた状況やこれまでの生き方、これからどう生きたいかはとても重要な問題です。

出身も生きてきた過程も抱える問題も何もかもが違うからこそ、苦しむ。悩む。
恋する人の全てが直面するであろう苦しみを、本作は真正面から率直な言葉で描いてくれています。

③「生きる」とはどういうことか?

アンドリューとの幸せよりも仕事を選び引っ越したトラヴィスは、自分から別れを切り出したにも関わらず、後悔の日々を送っていました。別れ自体は仕方なかったと自分に言い聞かせても、今の自分には仕事しかありません(エルウッドを連れていくのは酷だと思い、アンドリューに譲ったので)。友人もおらず、楽しみもなく、ただ日々生きているだけ。どうにか今は仕事にありつけているものの、しばらくすれば国外に飛ばされる可能性もあります。その時もまた会社に言われるがまま引っ越すのかと、トラヴィスは悶々と悩みます。

そんな中、アンドリューの母であるエレノアがトラヴィスに会いにきてこう言います。
「人として生きることは、ただ暮らしを立てていく以上のもの」と。

トラヴィスは生きるためにアンドリューとの恋よりも仕事を選びました。アンドリューはトラヴィス一人くらい養っていけると言いましたが、トラヴィスが拒否したのです。アンドリューがトラヴィスについていくという案もありましたが、失語症という障害を乗り越えて自分の生活をその街に根付かせるために、アンドリューは恐ろしいほどの苦労を重ねたのです。なので、容易にトラヴィスについていくことはできません。結局、トラヴィスは仕事を選び、一人で引っ越したのでした。

トラヴィスの心は引っ越した後もずっと、アンドリューのもとにありました。ただ暮らしを立てていくためと割り切れたなら引っ越した先でも楽しみを見つけられたかもしれませんが、トラヴィスはできませんでした。
ただ暮らしを立てていく以上に、トラヴィスにはアンドリューとの愛が必要だったということです。

トラヴィスがどんな人生を歩むかは分かりません。それでも、アンドリューとの愛を選んだ方が、彼にとっても、アンドリューにとっても、間違いなく幸せなはずです。
二人に末長く幸せでいてほしいと願わずにはいられません。

Speechless
作者:キム・フィールディング
工員のトラヴィスが仕事帰りに見かける男は、声を失ったギター弾きだった。仲よくなったふたりはお互いを理解し、互いの存在がかえがえのないものであることに気付く。そんなある日トラヴィスに転勤の話がもちあがり―。

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THE GIG(Speechless Book 2)

本編後、トラヴィスが仕事に再就職するお話です。

アンドリューはP-townカフェで毎週火曜日にギターのライブ演奏をすることになり(初めてのライブでは何週間も準備して緊張した様子だったけれど、大成功でした!)、たとえ小説家をやめたとしても社会との関わりを持てるようになりました。

一方トラヴィスは旋盤オペレーターや機械工といった仕事を探し続けていますが、求人情報は見つからず、アンドリューに進捗報告しながらも途方に暮れていました。
そんな時、その話をカフェに居合わせたゲイカップル・ディランとクリスが聞きつけて話しかけてきます。内容は、新築パーティーのお祝いにアンドリューにライブをしてほしいということ、その見返りにトラヴィスに職を斡旋したいということでした。どうやら、近くの布団工場の設備長がアラスカに引っ越すそうなのです。

その話を請け負ったアンドリューとトラヴィス。アンドリューは自分が失業中であろうと変わらず愛してくれているとトラヴィスは知りつつも、「仕事をしているとアンドリューに見合う自分でいられる気がする」と安堵した様子。
二人はお祝いにキスをしてそのままベッドイン…ではなく、アンドリューのお腹がぐうぐうと鳴ったので中華料理屋へと駆け込んだのでした。

トラヴィスが再就職できてホッとしました!それに、トラヴィスの言う「仕事をしている方がアンドリューにふさわしい気がする」という気持ちはよくわかります。
別に失業中だからといってアンドリューは自分を責めたりしないけれど、それでも、独立独歩なアンドリューに見合う自分でいたいと思うのは仕方のないことというか…障害という困難を乗り越えて頑張るアンドリューが輝いて見えるからこそ、自分もそれくらい頑張りたいと自然と思えるというか…。
これまで人に頼る人生を送ってこなかったトラヴィスだからこそ、アンドリューのヒモ状態になるのは辛いんだろうと思います。トラヴィスの精神衛生上、仕事をしていた方がアンドリューとの関係も良好になると思うので、二人のこれからの幸せを思うと、トラヴィスの再就職はとてもとても嬉しかったです。アンドリューも道端で熱くキスしてしまうほど喜んでいてかわいいなあ…☺️💕

The Gig (Speechless Book 2)
作者:Kim Fielding
An accident in Drew Clifton’s past left the former novelist with aphasia, unable to communicate through either speech or writing. Through sheer strength of will, he built a quiet but lonely life for himself. But now he’s fallen in love with Travis Miller.

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Travis’s Birthday(Speechless Book 2.5)

アンドリューがトラヴィスのサプライズバースデーパーティーを開くお話です。

行き先は告げずに会場に連れて行くいたずらっこなアンドリュー、かわいいです。
そして農場に着いたと思ったらまさかのガーデンパーティー!!しかも手作りの飾りつけがなされていて、そこにはトラヴィスの上司、職場のほとんどの人たち、トラヴィスに仕事を見つけてくれたディランとクリス、P-townカフェのオーナーとバリスタ、そこでアンドリューと一緒にギターを弾いていたカールとそのボーイフレンドもいて…トラヴィスを愛する人たちが全員集合していたんです!!

トラヴィスは七歳の時からバースデーパーティーをしてもらったことがありませんでした。両親が彼のクラスメートを気に入らなかったからかもしれません。
もう長いこと、誕生日を祝われることを忘れていたトラヴィスに、アンドリューが「生まれてくれてありがとう」という思いを周りが抱いていることを思い出させてくれたのでした。

感極まってアンドリューにキスするトラヴィス。アンドリューは嬉しそうにトラヴィスをみんなが集まる光の洪水の中に彼を押し出します。

その光景を想像しながら、私は胸がいっぱいで…トラヴィスのこれまで抱えてきた暗く深い孤独の闇と、それをかき消すようなあたたかな目の前の光の対比があまりに鮮烈で…涙を流さずにはいられませんでした。

トラヴィスも、アンドリューも、生まれてきてくれてありがとう。例えあなたたちの両親があなたたちが生まれたことを軽んじたとしても、読者の誰もが二人の全てを愛しているし、これからの幸せを願っているよ…と心の中で呟かずにはいられませんでした。二人とも、ずっとずっと、幸せでいてね。

 

まとめ

隻眼であるということ。失語症であるということ。
おたがいに別々の、人に言いづらい苦しみを抱えた二人が寄り添い、愛を確かめていく姿は、とてもあたたかくて、ただ二人の姿を目で追うだけで幸せな気持ちが胸に満ちました。

しかし、二人は仕事を理由に引き裂かれてしまいます。愛と仕事、どちらを選ぶのか。それは恋愛をする上で誰もが大なり小なり選ばされることがあるように思います。
二人がどんな思いをして、どんな選択をして、生きていくのか。

生きていくことと愛することをうまく両立できないと苦しくなった時、立ち返って読みたい名シリーズです。