犬耳と尻尾を持つ”ビルア種”の世界を舞台にしたSFBL、木原音瀬先生「パラスティック・ソウル」シリーズを読みました!
登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨
登場人物とあらすじ
「願いが叶う薬」で恋をさせられていた不良×復讐のために薬を飲ませた優等生 のお話。
<あらすじ>
とある科学者が死に、『最後の晩餐』に招かれた縁もゆかりもない四人に“願いの叶う薬”が配られる。
大学生の八尋(やひろ)は、その薬を大嫌いな相手・ジョエルに飲ませた。
自分を好きになるように──意趣返しにそう願って。
こんな人におすすめ
- SF×BLに興味がある🛸
- 犬耳犬しっぽの半獣にときめく🐶
- 愛や生、死について立ち止まって考えたい💭
本作をもっとよく知るための小ネタ
①「パラスティック・ソウル」の本編は、新書館発行のコミック雑誌とノべル雑誌の全誌を横断するという異例の連載形態で、BL雑誌以外にも一般雑誌や少女漫画雑誌に掲載されました。
そのため、同性カップルだけでなく、男女カップルや性別という概念がない種族も登場します。
引用:「パラスティック・ソウルシリーズ」単行本と文庫本の違いとオススメの読む順番&ドラマCD情報【木原音瀬】|商業BLまとめ|焼き鮭ちゃん
ネタバレ感想
パラスティック・ソウル(1)
ハイビルア研究所の元所長であるブロイルス・ヒルが亡くなると、彼の屋敷に住んでいたビルア種の美青年 ライヴァンは、屋敷に関係する4人を集め「願いがなんでも叶う薬」を与えます。4人は全く別々の用途にその薬を使い…。
まずは、本巻の主役カプであるジョエル・ハワードと八尋惣について。
ジョエルは両親が権力者であることを笠に着て、金とコネの力で進学し、女を侍らせていました。楽単と名高いゼミで偶然出会った優等生の八尋が、実はホープタウンという貧民街出身だと聞いて、ジョエルは彼を必要以上に嬲ります。しかし、「願いがなんでも叶う薬」を飲まされたジョエルは、知らず知らずのうちに八尋に恋をしてしまうのです!
ジョエルの八尋イジメは陰湿(ホープタウンの悪い噂を流したり、八尋の恋人を寝取ったり)で、この生々しさこそ木原先生作品の良さ…としんどさを噛み締めました。
ジョエルが八尋を好きになってからの「後悔攻め」っぷりもまた素晴らしい。ジョエルは親との縁を切ってまで八尋と付き合おうと必死になるんですが、八尋はなかなか靡かないんです。どれだけ後悔しても過去を消すことはできなくて、苦しむジョエルにゾクゾクします。
ジョエルに薬を盛って自分を好きにさせたものの、根が真面目な八尋が罪悪感に苦しんでしまうのもしみじみと良い展開です。誰かが幸せな時、誰かは不幸せなんですよね。
ジョエルに薬のことを打ち明けて結婚話はなかったことにする八尋ですが、まるでその罪を罰するかのようにホープタウンで金目のものを盗まれた上に尻尾を切られるという事件にも巻き込まれてしまいます。この、受けが容赦なくとことん酷い目に遭う展開…木原先生作品でしか経験できません。
割とあっさりハッピーエンドになってしまったので、この二人の話だけで小説上下巻読みたい!!と強欲にも思っちゃいました。
ジョエルが八尋にアプローチしてた頃(結婚まで)の話とか、もっとじっくり知りたいですね。
次に、ブロイルスの屋敷に食事を運んでいたレストランの従業員である芭亜斗・荒木について。
芭亜斗は反社会的組織のチンピラで、ボスに上納する金が足りず困っていました。父の斗桝の遺産がないかと探し回ったところ、兄の祁壜に「ロワゾの鍵のありかを知る者に遺産は渡す」と遺言が残されていることを知ります。しかし、祁壜は数日前に何者かに射殺されたばかり。芭亜斗は「鍵のありかを言ったら死ね」と願いを込めて、薬を祁壜の死体に飲ませます。
暴力で人を支配することしかできない芭亜斗のクソチンピラっぷりに半目になっていたのですが、途中から強烈なマザコン・ブラコンの気配が。立派な成人男性である祁壜の乳首を甘えながら吸う芭亜斗は倒錯的で、自分の新たな萌えどころを発見してしまいました。えっちだ…。
最後は生き返ったと思っていた祁壜が実は死んでいたというなんとも悲しいラストで、芭亜斗の「愛されたかった」という悲痛な願いが叶わないことが切なかったです。
次に、ブロイルス邸の庭の薔薇をかすめ取っていた薄汚い少女・ミアについて。
ホープタウンでハイビルアの男と共に物乞いをしています。多分、芭亜斗に監禁された祁壜を救ったのは彼女だと思うのですが、いまいち確信が持てません。ハイビルア研究所で最初の被験体だったBBB1の母親と同じ名前ですが、実際のところはどうなのか…。
最後に、ブロイルス邸の庭を老犬の散歩道にしていた少年・ニコラスについてです。
彼は「最後の晩餐」に招かれた当時はハイビルア研究所に住んでいると話していたのですが、BBB1は6歳頃に研究に連れてこられて早々に薬でショック死させられたとのことだったので、ニコラスはWBH23という名前で呼ばれていた被験体ではないかなと想像しています。WBH23はハイビルア研究所が火事になった際に逃げ出したようで、今は行方不明です。
1巻ではジョエルと八尋の恋の行方がはっきりしたものの、それ以外の人々については謎が深まるばかり。2巻が楽しみです。
パラスティック・ソウル(2)
ハイビルア研究所で住み込みの雑用員として働くニコラスは、老犬のジョンだけが親友です。研究所では秘密裏に、ビルア種の幼児・ラビ(通称BBB1)に違法な薬物を投与して人体実験を行っていました。思うような成果が出ず焦った副所長はラビに大量に薬物を投与してショック死させてしまい、彼の遺体を抹消しようと躍起になりますが…。
1巻でざっくり語られていた、ニコラスとジョンのハイビルア研究所からの脱走劇について詳しく語られます。それに加えて、ラビの両親であるミアとスタンリーについても。
まずは、ニコラスとジョンについて。
ニコラスとジョンは、祁壜やミジュンをはじめとする研究員たちによってハイビルア研究所に閉じ込められ火事で殺されかけるものの、機転を効かせたジョンのおかげで一命を取り留めます。ニコラスはライヴァンにもらった「願いがなんでも叶う薬」をジョンと自分で分け合いますが、ニコラスは「ジョンと話せるようになりたい」・ジョンは「ニコラスと同じ歳の少年になりたい」と願い、どちらの願いも叶ってしまいます。
そして、ホープタウンでささやかに生き延びるうちに、ヤク漬けの売春婦になったミジュンから「ニコラスはジョンの脳を移植され、ジョンはニコラスの脳を移植された」事実を知るのでした。
あまりにもおぞましい事実に、最初は理解が追いつかず…ハイビルア研究所はハイビルアについて研究する場所のはずなのに、なぜそんなことをしたのか全く理解できません。ブロイルスが面白半分でやったとしか思えない…。犬に人間の脳を、人間に犬の脳を移植できたとして、ブロイルスは一体何を証明したかったのでしょうか?あまりにも人間も犬もどちらの命をも軽んじていて、怒りのあまり体がぶるぶると震えました。
それまで軽蔑していた人間の脳が自分の頭の中に入っていることに衝撃を受け、自分は犬なのか人間なのかと混乱するジョンの姿に胸が苦しくなります。
最後にミジュンの死体を埋めてやるニコラスの姿を見ながら、なんともいえない気持ちになりました。自分を殺そうとした人間をニコラスは覚えておらず、ただ慈悲をかけてやろうとしている…。ニコラスの無垢な優しさが胸に痛かったです。
ニコラスの爪先にキスをするジョンの姿はまるで敬虔な信者のようで…神々しささえ感じる美しいシーンでした。
もっと二人のお話が読みたいけれど、あとがきに「ジョンとニコラスは田舎に引っ越して幸せに暮らす」というようなことが書かれていたので、もう続きはないのかな。寂しいです。
次に、ミアとスタンリーについて。
ミアがどうやってホープタウンで生きてきたのか。そしてどうやってスタンリーと出会ったのか。ラビとの関係は。スタンリーが八尋惣の弟だと分かってからどうなったのか。それらが詳しく語られます。
ミアとスタンリーは捨て子だったラビを短い間育てていたようですが、短くともとても深い愛情を込めていたことが分かりました。
スタンリーは「僕は頭が悪いから」といつも恥ずかしそうにしてミアの言う通りにしているものの、ミアのことに関してだけはとても頑固で…ミアがどれだけ家族の元に戻れと怒っても全然言うことを聞かない姿は、主人の心を読み取る忠犬のようで、なんだか泣けてきてしまいました。
ミアが双子を産んだ時、惣のお母さんのマディソンが彼女ごと慈しんでいるのも素敵でした。惣とミアの間にはまだ確執があるかもしれませんが、徐々に打ち解けていけたらいいな。
パラスティック・ソウル(3)
世界政府への抗議から始まったテロ組織の一員である芭亜斗・荒木は、3ヶ月前に亡くした最愛の兄を生き返らせるため、「願いをなんでも叶える薬」をくれたライヴァンを監禁し、さらに薬をよこせと強請ります。
しかし、ライヴァンは頑なに「あの薬は私が死なないと手に入らない」と言い…。
3巻では「ハイビルア」の謎が明らかになります。2巻まででは、ビルア種の子供の中には5歳頃からハイビルアになる子供が稀に含まれ、彼らは非常に知能が高いものの、30歳になるとフェードアウトといって急に5歳ほどまで知能が退行してしまうという現象が起きていました。
実はハイビルアとは症状の名称ではなく、寄生体の名称でした。ハイビルアは5歳ほどのビルア種の子供に取り憑くも、25年間しかその体を乗っ取れない(宿主が死ぬ時などに白い粒になって口から吐き出され、新たな宿主に粒を飲ませればその体を乗っ取れる)ため、5歳のビルア種の体を乗っ取り続けて永遠の命を貪っているのです。
つまり、「願いをなんでも叶える薬」はハイビルアの命そのものだったのです。
2巻でブロイルスがジョンにニコラスの脳を移植していたことを知った時は、なんのためにそんなことをするのかと激しい怒りを覚えたのですが、3巻でようやくその真意を理解できました。ブロイルスはハイビルアが犬に寄生できるのかを調べたかったようです。実際、3巻ではブロイルスは白い犬に寄生していました。
ただ、謎なのが、ハイビルアの寄生している宿主が30歳を迎え、死などの危機に瀕した時に真珠のような塊(ハイビルアの命)を吐き出させ、それを5歳のビルア種に飲ませればその体に寄生できる…というのは分かるのですが、例えばスタンリーのように生きたままの30歳過ぎのビルア種(過去にハイビルアに寄生されていた)もいるんですよね。宿主が死ななくても、宿主が30歳になれば自然とハイビルアは外に出てくるのかな?
あと、ブロイルスは「ライヴァンを仮死状態にして、彼の精神をベースに増殖させて自らの精神を移行させることで自分もハイビルアになることができた」と言っていましたが、これがよく分からない…。ライヴァンの「命」はブロイルスのせいで欠けているそうですが、真珠のような塊を割って増殖させるところまでは想像できるものの、精神を移行というのが…?うーん、どういうことなんでしょう。
最終的に、ビルア種の体がほしいブロイルスと、彼の研究を手伝えば永遠の命が手に入ると思っていた生命保険会社社長アダム・シェぺレンは、ハイビルアのテロ組織(ハイビルアの秘密を漏らした者を始末する)「虫」に一掃されてしまいます。
ブロイルスの前例があるので、シェペレンの目論見は当たっていましたが、死んだ自分の体を生き返らせることはできませんでしたね。(ライヴァンも「願いをなんでも叶える薬」で生き返らせることはできないとは言っていましたが)
ただ、リサの前例から、脳死状態の体を生かすことはできるようなので、心臓さえ止まっていなければハイビルアはビルア種を蘇生させることができるということなのかな?と思いました。
あと、ライヴァンの別人格であるケント・マグワイアは、別人格なのではなくてライヴァンが乗っ取った体ということでしょうね。ケントの人格が時々出てきてしまうのは、ライヴァンの命が欠けた状態だからかなと思いました。ということは、人工体に乗り移った時は別として、リサの時もライヴァンはリサの人格と行き来していたのかな?
ミアとスタンリー夫婦は6人もの子供を作ったようで、惣とジョエルが嬉しそうだったのが嬉しかったです。ミアも怒りっぽさは健在ですが、元気にママをやっているようで。
芭亜斗とライヴァン(リサ)の息子、芭蘭・荒木のエピソードは、予想外でした!ライヴァンが「自分が死んだ後に真珠のようなものを見つけたら芭亜斗の墓のまわりに撒いてくれ」と頼んでいたのも、人間という有限の命を生きる自分にはしっくりくるものでしたが、ハイビルアの秘密を知っているかどうかを調べるために芭蘭を騙して結婚したクリス・ファガーソン(ハイビルア、元「虫」の隊長)は倒れるほどにショックを受けていて、悠久の命を持つ生き物にとって「死」はそれほど恐ろしいものなのだと死生観の違いを感じさせられて趣深かったです。
3巻までで、1巻で登場したキャラクターのその後のエピソードが全て回収されてしまったので、なんだか寂しいです。4巻はどんなお話なのか楽しみ!
パラスティック・ソウル(4) endress destiny
いわゆるハイビルアと呼ばれる「O」という精神体だけの種族であるハル・エヴァンズは、ワポリス大学教授として勤務しています。最近、気象科学科三年生のジェフリー・三峯から匿名で花を贈られ続けており、鬱陶しく思っていました。しかし、最初の寄生体の時から気に入ってつけている指輪を彼が拾って届けてくれたことから、交流が始まり…。
これまで「ハイビルア」と呼ばれていた種族、O視点での物語ということで、彼らの生態がかなり明らかになりました。Oの存在意義は、知恵のある人類としてこの世界を牽引していくために、色々な経験をし成長して崇高なものになっていくこと。人間はOを「30歳までしか生きられないかわいそうな生き物」と思っており、Oもまた人間を「80年かけて劣化していく卑小な存在」だとお互いに侮蔑しあっています。
主人公のハルもOらしい考え方の持ち主で、寄生体には興味がなく、ただ知識を得ていくことだけを目的に生き続けていました。しかし、ジェフリーがハルを愛したことで、彼女は徐々に「心から愛し、愛される」ことの喜びを知っていきます。
ジェフリーはOの生態を知らないので、愛する人の抜け殻を愛し続け、それがなくなれば喪失感に苦しみ、再び誰かを愛して失うことを恐れます。しかし、ハルは寄生体を変えながらずっとジェフリーのそばにい続け、「愛している」と伝え続けました。
日に日にハルの中ではジェフリーの愛おしさは増すのに、ジェフリーは80年経てば死んでしまう。そして、ジェフリーはハルの心を持つ新たな寄生体には興味を示さず、かつての寄生体である抜け殻にばかり愛を注ぐ…。Oは自分たちの種族の秘密を話すことが生理的に不可能なため、ハルはどれほどジェフリーを愛しても、自分の正体を明かすことはできません。
ハルが「自分の存在意義はどこにある?ここにいる意味は?愛しているのに、愛されていたのに、愛されないなんて……どうすればいい?こんなに愛してるのに、愛されていたのに。ジェフリーと同じように年をとりたかった。ジェフリーとだったら、限りある命で終わってもよかった」と新たな寄生体に宿るたびに苦しんだり、「もうすぐ……ジェフリーに会える。嬉しい。姿形が消え失せて、精神だけの世界に行ったなら……自分は彼に何の説明もしなくても、そのままで愛してもらえる筈だった」と自殺しようとしたりするのを見るたびに、ハルがどれほどジェフリーに愛し愛されたかったのかが伝わってきて、涙が止まりませんでした。
Oの同胞たちは恋愛にうつつを抜かすハルを馬鹿にしていますが、ハルは「愛は苦しい。愛は切ないが……それ以上の至上の喜びを自分に与えてくれる。そして全てが消え去ったあとも「想い」は永遠に続くのだろう」と語ります。ハルにとってジェフリーとやりとりした愛は、途方もなく豊かで、価値あるものだったのですね。
作中で一番好きなセリフがあって…それは、ハルの「絶対に、返さない。……これはジェフリーを愛した者だけがつけられる指輪だ」です。もともとはハルが最初の寄生体だった時に気に入ってつけていた指輪だったんですが、ジェフリーを愛するようになってからは、ジェフリーと自分を繋いでくれた思い出の品になっていきます。最初はジェフリーの控えめながら情熱的な求愛に渋々応えていたハル。次の寄生体に移る時も、「人間は嘘つきだから、ジェフリーが本当に抜け殻の寄生体を世話するのか見届けてやろう」という少しいじわるな気持ちで、彼の近所のビルア種に寄生することを決めるんです。なのに、ジェフリーがあまりにもその抜け殻への愛を大切にするので、ハルはいたたまれなくなって、「心はここにあるのに」とジェフリーを必死で支えようとするようになっていくんです。ジェフリーは生涯ハルしか愛せないと思っていたけれど、ハルの精神を持つアーノルドを愛するようになるんですね。そして、アーノルドにハルの指輪をプレゼントするんです。そこでアーノルドが「これはジェフリーを愛した者だけがつけられる指輪だ」とふざけるんですね。アーノルドは自分がハルだとは言えない。自分はハルなんだと言えるギリギリのラインがこのセリフだったのだと思うと、ハルのジェフリーへの必死のラブコールが伝わってきて胸が苦しくなります。
ああ、ハルとジェフリーのお話がもっと読みたい。でもジェフリーはもう死んでしまって…。ハルがジェフリー亡き後、どうやって生きていくのか気になります。Oを滅ぼしたいと考えているようですが、どうなるのか…。
パラスティック・ソウル love escape
世界的な「O狩り」でOが絶滅して30年後のフランス中央刑務所には、テロ組織「zo」にOを飲まされたとされる前世界大統領の息子 ヨシュア・ハマスが収監されています。彼の担当になった、ホープタウン出身の刑務官 ケイン・向谷は、好みの外見をした彼に惹かれていき…。
設定からして衝撃的です。あれほど猛威を振るっていたOがなんとたった30年ほどの間に絶滅されたと言われるほどまで激減。Oは密かにホープタウンなどで生き延びているようだ…とまことしやかに囁かれる程度になり、堂々とは生きられなくなっているようです。これにはハルも関係しているのでしょうか。
Oを飲まされた(と言われている)ヨシュアは、30歳になったら精神体を排出するので、それまでは刑務所に収監されています。ケインは余命半年のヨシュアを管理することになりますが、予想外だったのが、ヨシュアがケインの好みのタイプの外見(赤毛のビルア種の男)であったこと。そして、そんなヨシュアにケインが恋に落ちてしまったこと。
刑務官を惑わして脱獄などしないよう、ヨシュアはケインと話すことができないようになっています。しかし、ヨシュアはケインの示すささやかなサインを受け取っては、素直に喜んだり照れたり怒ったり悲しんだりと、感情を豊かに表します。そのうち、ケインは自分だけに「愛してる」と訴えてくるヨシュアを愛してしまうんですね。
ヨシュアは前世界大統領の息子ではありますが、13年間もテロ組織に誘拐されてホープタウンで監禁されていました。ケインも大学まではホープタウンで生まれ育っています。ヨシュアには父がいますが、息子を自分の道具としてしか見ていません。ケインの母は彼が幼い頃に水死し、父は客の誰かということしか分かりません。ケインもヨシュアも、誰からも特別に愛されなかった孤独な人なんです。だからこそ、二人は共鳴したのかもしれません。
それまでの人生…ホープタウンを抜け出して都市部の人間になり何不自由ない豊かな生活を送るように努力した日々を棒に振ってでも、ヨシュアが見たいと願ったヒースの丘へ彼が死ぬ前に連れて行ってあげたかったケイン。自分の人生が壊れようとも、ヨシュアに愛を伝えられなくとも、ヨシュアに喜んでほしくて、その一心で、脱獄を企てたケイン。
そして、ケインを失って、初めて自傷行為をしたヨシュア。狂ったように泣き喚いて、ものは食べなくなり、尻尾の毛をむしり取り、頭を壁にぶちあてて血まみれになり…己が壊れるほどケインを求めたヨシュア。
二人の凸凹の愛は、互いの形でしか存在しないように感じられます。お互い以外ではその形にはまらない、最初で最後、唯一無二の恋人たち。
ヨシュアがケインに甘えるさまが愛おしくて、何度も読み返しては「よかったね」とあたたかい涙が溢れます。人々の偏見に惑わされて苦しめられてきた二人。やっと自分の人生を歩み出せます。二人で手を取り合って、ずっとずっと幸せに暮らしてほしいです。
ああ、パラスティック・ソウルシリーズも、もう残り1巻!寂しいです。ずっと続いてほしいのに。
パラスティック・ソウル unbearable sorrow
ヨーロッパ地区のOが共同生活を送る「ネスト」のEクラスという、最も傷ついた精神体として多重人格に苦しむシド・オイラーは、親身になってくれる乗り換えコーディネーター パトリックに片思いをしています。しかし、ある事件をきっかけにパトリックが乗り換えの際に故意に何百もの精神体に傷をつけていたのではという嫌疑がかけられ…。
「endless destiny」でハルがOを滅亡させたいと野望を抱いていたので、このままでは終わるはずがないとは思っていたのですが…まさか乗り換えコーディネーターになることで精神体に傷をつけ、Oの秘密を暴露するOを作ろうとしていたとは驚きでした。たしかに自分が告発したくても、自分で自分の精神体に傷をつけることはできませんものね。
さらに驚くべきことに、パトリックはシドの手違いで乗り換えし、パトリックはシドを殺害しようとするものの、結局シドに情が湧いてしまい、シドの乗り換え(フランという子供に精神体を飲ませた)を引導します。結局「欠け」が大きすぎたシドはパトリックの記憶を失うんですが、愛情だけは残り続けるんですね。
パトリックがフランを溺愛する様子を読みながら、なんとも言えない気持ちになりました。
パトリックは一貫してジェフリーを愛し続けていて、その後にどれだけセックスをしようと「ただのスポーツ」と割り切っていました。シドにどれだけ愛されても愛し返さないと決めてもいました。けれど、いざシドが死ぬと、パトリックはシドにもう一度会いたいという思いに苦しめられます。あれほどまでにOを滅亡させることを夢見ていたのに、シドに優しく愛された記憶がいつの間にかパトリックの心にも愛として根付いていたんですね。どれだけ「最後の一人になろう」と固く決意していても、どんなに非情であろうと努力しても、どんな生き物も、ひとりでは生きていけないのかもしれないと感じました。
愛して、愛されて、情を傾けられる時間にこそ、生き物は生きている実感を覚えるのではないかと…。
フランを甘やかすパトリックの挿絵が、網膜に焼き付いて離れません。
14年間も続いた「パラスティック・ソウル」シリーズは、本巻で完結です。
Oの呆気ない最期に、拍子抜けしたような、でも不思議とリアルさを覚えるような、もの寂しい読後感を覚えました。
まとめ
世界で猛威を振るった感染病のワクチンの副作用として、犬耳・犬しっぽを持つ人類「ビルア種」が生まれた近未来のお話です。
ビルア種にのみ寄生する、永遠の命を持つ精神体「O」と人間の、愛と闘いを描きます。
木原先生作品の中では最もライトな読み応えのシリーズだと思われます。痛い、辛い、悲しい展開はあれど、先生の代表作である「美しいこと」や「箱の中」のような激しさはなく、多くの場合、あたたかなハピエンで終わっています。なので、初めて木原先生作品を手に取る初心者の方にぜひおすすめしたいシリーズです。
また、SFものが好きという方にも読んでいただきたい!まさかと思う設定がどんどん出てくるので、よくぞこの世界観を思いついたなあ…そんな未来がもし来たら…といろいろ考えさせられて楽しいです。
稀代のストーリーテラー・木原音瀬先生が送る、衝撃のSF×BLの名シリーズ「パラスティック・ソウル」。愛とは、生きるとは…普遍的なその問いへの答えが、そこにはあります。あなたもぜひこの魅力に満ちた木原ワールドで、自分自身と対話してみませんか。