須和雪里「サミア」(角川ルビー文庫)のネタバレ感想|愛憎の先にある人間の業

小説

須和雪里「サミア」(角川ルビー文庫)を読みました!

登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨

登場人物とあらすじ


ド田舎に住むアホな高校3年生男子×攻めに殺されるために何千年も孤独に宇宙をさまよって来たエイリアン のお話。

<あらすじ>
「友則、お願いだ、私を殺しておくれ」ー受験を目の前にした高校生・友則の家に、ある日突然謎の美青年エイリアンが現れた。
友則は戸惑いながらも、彼を“サミア”と名づけ、居候させてやるはめに。
しかしサミアに課せられた残酷な運命を知ってしまったとき…。

 

こんな人におすすめ

  • 人間の業について思いをめぐらせたい
  • 愛と憎しみについて熟考したい
  • 愛の尊さに咽び泣きたい

 

ネタバレ感想

サミア

まずこの「サミア」というご本、角川ルビー文庫版(本家本元)とシトラスノベルズ版(新版)と2種類あります。

私はシトラスノベルズ版を先に読んだんですが、今回角川ルビー文庫版も読んでみて、その違いも含めてご紹介します。

角川ルビー文庫版(本作)とシトラスノベルズ版の違い

シトラスノベルズ版よりも全体的に長い!描写が丁寧です。ラストもかなり救済されている感があります。

シトラスノベルズ版の感想はこちら👇

角川ルビー文庫版「サミア」の感想

本文が本当に簡潔ながら情景豊かで美しい言葉遣いで素晴らしく、ぜひ見てもらいたい…ので、本文を引用しつつ感想を綴っていきます。

上にも書いたとおり、田舎のアホなDK3(友紀)×不老不死のエイリアン(サミア) のお話です。

咲き乱れては散ってゆく雌花の白い花吹雪の中に、たった1輪だけ咲き続ける血の色をした雄花。鮮明に思い描ける光景。あれはサミアだ。一人ぼっちで、時の流れていくのを見ていることしかできないエイリアン。(p.63)

これはシトラスノベルズ版にはなかった描写です。角川ルビー文庫版では、サミアの孤独がより鮮やかに切なく浮き彫りになっています。

シトラスノベルズ版が忍び寄る影に突然心臓を掴まれ殺されるような感覚だとしたら、角川ルビー文庫版は、真綿で首を絞められじわじわと悲しみと痛みが心に迫ってくるような感覚です。

あまりにもサミアの愛が大きくて深すぎて命くらいしかあげられるものがないー。(p.88)

これも(たしか)角川ルビー文庫版のみに書かれていた友紀の独白です。角川ルビー文庫版の友紀はシトラスノベルズ版よりもサミアへの愛情表現が多く、サミア存命中も死後も彼への愛に溢れています。

シトラスノベルズ版ではサミアが突然訪れ嵐のように友紀の心を掻き乱し去っていく感じなので、それはそれで読者の心を激しく掻き乱す素晴らしさがあるのですが、角川ルビー文庫版のじっくりと2人が愛を確かめ合って、そして死ぬ…という噛み締めるような愛の軌跡は、悲痛さがより強く、そして愛おしさもより強いです。

俺、命捨ててもいいって思うほど、誰かを好きになったの初めてなんだよ。命捨てたところで何にもならないってこともわかっている。だけどな、どうせ死ぬなら俺は、今俺を駆り立てるこの衝動に身をまかせたいんだよ。今なら、俺の魂はきれいに昇華されるような気がするんだ。(p.93)

友紀が親友の貴志に語った、サミアと自分の死期のお話です。

どうせ死ぬならサミアと一緒に死にたいという友紀を止める貴志(貴志は密かに友紀に片想い中)。けれど、友紀は命を捨ててもいいと思うほどサミアを好きだと言うので貴志は怒りと絶望で帰ってしまいます。

これはシトラスノベルズ版にも書かれていましたが、角川ルビー文庫版では友紀からサミアへの愛情表現が多いので、この言葉の説得力がより強く感じられました。

「ごめんよサミア…。辛かったろう?…でもお前、醜くないよ」剥き出した眼球が俺を見る。瞳だけは変わらず碧だった。もう一度、まぶたに口付けた。触れた声が俺の名を呼ぼうとしていた。サミア、もういいよ。もういいよ。心臓が止まるかと思うほど胸が痛んだ。(p.108)

サミアが死ぬ直前、友紀から本来の姿に戻ったと乞われて変身するシーンはシトラスノベルズ版にもあるのですが、「瞳だけは変わらず碧だった」「もう一度、まぶたに口付けた。触れた声が俺の名を呼ぼうとしていた。サミア、もういいよ。もういいよ。心臓が止まるかと思うほど胸が痛んだ。」は角川ルビー文庫版にしかありません。

たかが目の色を描写しただけと思われるかもしれませんが、初めてサミアの真の姿を見たときに腰を抜かして「あいつを殺さなくては」と逃げ出した友紀が彼の目を見て愛おしさを感じたこと、そしてしわがれた彼の声を聞いて胸が張り裂けそうになったこと、この2点は読者の心を千々に乱れさせます。ぜひ本文を読んで涙してほしいです😭

友紀が死ぬのは嫌だ、と泣きながら首を振るサミアの姿が、見えたような気がした。次いで、透き通った羽のかげろうが脳裏に浮かんだ。たとえ、儚いちっぽけな生き物でも良い。生まれ変わってきて欲しいと思った。(p.113)

これは書こうかどうかものすごく悩んだのですが(ネタバレせず本文で初めてこの文章を読んで、美しさに感嘆してほしいという気持ちもあった…)、大好きな文章なので引用させていただきました。

これは角川ルビー文庫版にしか書かれていないラスト付近の文章です。角川ルビー文庫伴がシトラスノベルズ版に比べて救いがあると言ったのは、このように輪廻転生を思わせる一文があったから。

シトラスノベルズ版ではサミアと友紀は単純に死に別れてしまい、それはそれで体を切り刻まれたような苦しみが読者に襲いかかります。

優しいラストを求めるなら、角川ルビー文庫版がおすすめですが、どちらもを読んで2つのラストを噛み締めるのもとても楽しいです。

 

影法師が泣いている

肉体的には 明くん(先輩)×稔くん(後輩)ですが、明くんに取り憑いている幽霊・洋くんは、稔くんに取り憑いているおじさん幽霊に痴話喧嘩の末に殺されています。

生前、既婚者のおじさんは洋くんにぞっこんだったんですが、洋くんに自分達の関係を家族にバラすと言われて彼を殺してしまったのだそう。あまりに身勝手ですよね…。その腹いせに、洋くんは明くんに稔くんをレイプさせようとしますが、計画は失敗に終わってしまいます。

生前はあんたは俺から逃げ出して最後には俺を殺したが今度はそうはならない。もう俺は死ぬ事はないんだ。あんたはどこにも逃げられないんだ。どこまでもついていってやる。あんたが謝ったって許してやらない。あんたは苦しんで永遠に罪を贖い続けるんだ。(p.185)

洋くんはこんなふうにおじさんを罵るのですが、浄化される時に「悲しい」「愛してたのに」をおじさんに向かって何度も繰り返します。そして洋くんはおじさんへの深い恨みのために成仏できず、顔だけの低級幽霊になってしまいます。

これがおじさんの罰なのだとそう思った。おじさんがこれから過去を忘れ成仏してしまっても洋くんは永遠におじさんの名前を呼び続け涙をこぼし続けるのだ。洋くんは永遠におじさんの罪を忘れてはくれないのだ。(p.204)

愛する人を顔にしてしまった罪、おじさんの罪を一生忘れてもらえない罪…罪とは何なのでしょうか。忘れてもらえないことは罪なのでしょうか。

洋くんの報われなさに絶望し、おじさんの身勝手さを恨みながら、愛とは碌なものではないと苦しくなってしまいました。

 

暗珠

個人事業主のおじさん(川瀬豊)×男子高校生(和樹)のお話。

おじさん(豊)は男子高校生(和樹)と両想いだと思って付き合ってたのに、ある日和樹が自殺したと和樹の友人(士郎)から告げられて豊はもぬけの殻になってしまうのですが、実はそれは豊と別れたかった和樹の虚言で…という物語です。

サミアと同じくらい大好きな物語なので、ぜひとも皆さんに読んでいただきたい!!!!!

間違いなく読者の心に爪痕を残す名作です。短編とは思えない奥深さです。

豊と和樹は電車の中で出会います。悪ガキ和樹は「家の中で生意気だのガキだのと言われて挙句に無視されて毎日じわじわ殺されていくみたいで気が狂いそうなんだよ」とたびたび豊の事務所に来ては孤独感をあらわにするようになり、そんな和樹を豊は心身ともに愛するようになります。

しかしある日突然和樹の親友と名乗る士郎という男子高校生から「和樹はあなたを恨んで自殺した」と電話がかかってきます。

和樹はね、人の憎しみに関してはひどく敏感なんですよ。川瀬さんは俺を憎んでいる、俺を思い通りにさせようとしている、俺を殺そうとしている。和樹はそう言ってましたよ。(p.256)

和樹はね、唯一信用できる自分自身を裏切ってしまったんですよ。人間が自分を信用できなくなったら後に何が残ると思います。何も残らない。今まで唯一信頼していたその自分を自分が信用できなくなってしまったんですから。だから和樹はことごとく自分を裏切る肉体にケリをつけたんですよ。おまけにそれはあなたへの復讐にもなる。あなたが和樹を憎んでいたのと同じに、和樹もあなたを憎んでいたんです。当たり前ですよね。あなたは和樹をめちゃくちゃに壊してしまったんだから。(p.256-257)

もしかしたら自分は和樹をいいように扱っていたのかもしれない、けれど本当に愛していたんだと豊は錯乱します。そして、彼は深い悲しみのあまり感情を失ってしまいます。

ここにいるのは和樹の復讐を全うさせるためだけのただの有機体に過ぎない。俺は自分の一生から身を引いた動く人形に過ぎないのだ。(p.261)

俺は和樹にしてやれる唯一のことをするためだけに生きている。いつの間にか和樹を待っていることも忘れてしまった。待っているのは死だけだった。
俺に残された最後の1つ。それのみ。だが、まだ死ねない。和樹が俺を許してくれるまで死ぬことはできない。これは和樹への俺の愛の最後の形なのだ。そう俺にはまだ地上にへばりついてやらなければならないことがある。生きること。ただ生きること。
和樹にしてやれる最後のこと。できるはずだ。俺は和樹を愛している。愛している。愛しているから。(p.261-262)

自分のことをただの「有機体」と言い切ってしまうほど、豊は憔悴します。まるで呪いのように、なぜ待っているのかももはや分からなくなるほど、愛する和樹への贖罪のため豊は生き続けます。生きること、待つことが罰だと信じて生き続けるのです。

しかし、ある日和樹から豊に電話がかかってきます。悪戯電話ではありません。和樹は北海道に引っ越すことになり、単純に関係を終わらせたかったのと歳上の男にいいようにされているのが気に食わず意趣返しのために自殺したと友人に電話をかけさせたのでした。豊は呆然とします。

「俺、でもね、憎んでいたけどあんたのこと好きだったよ」和樹の言葉が耳の中に注ぎ込まれ、即効性の毒物のように体内に広まった。「俺はお前を愛していたけど、憎くてたまらなかったよ。和樹、俺はな、お前が俺を憎んでいる以上にお前を憎んでいるよ」ああ、これが俺の本心だったのだ。突き落とされた絶望の淵でやっと見つけた、愛の裏側に合ったもの。(p.266-267)

俺が最後の最後に考えた事は、和樹のことではなかった。死んじまうって事は世の中でたった一人ぼっちになっちゃうってことなんだな。(p.268)

豊は和樹の「好きだった」という言葉を聞いてプツンと何かが切れてしまいます。そしておもむろに机からカッターを取り出すと、手首を切って自殺するのです。

あまりに壮絶な最期に、言葉を失いました…。しかも最期に考えたこと、「死んじまうってことは世の中でたった一人ぼっちになっちゃうってことなんだな」がものすごく深い。

愛と憎しみ、罪と贖罪、生と死…この物語にはさまざまな相反するものが含まれています。どれも正解なんてないものたちばかりですが、豊にとっては愛と憎しみは限りなく近いもので、和樹を失った時のあの茫然自失とした感覚を和樹に植え付ける方法として、いや、そんなことももはや考えなかったのかもしれません。ただ、愛しているから死ぬしかないと思ったのかも。どこまでも理性的に自律的に生きてきたように見えて、最後は愛と憎しみの衝動で死ぬというのが衝撃的すぎました。

ただ、ここに書いたあらすじと引用してきた言葉は一部に過ぎません。ぜひとも物語全体を読んでその深淵に心震わせてほしいです。

 

まとめ

須和先生の作品は、冒頭からして、BL小説を読んでいる気がしません。例えば、「影帽子が泣いている」の一行目なんて、「おじさんの話をしよう」です。
たしかに最近はおじさん攻め、おじさん受けも増えたけれど、話の流れ的にそういうわけでもなさそう。ただ、少年におじさんの霊が取り憑いている。そんな始まりのBL小説ってある!?と面白すぎて笑ってしまいました。

良くも悪くも、最近のBL小説はとても分かりやすいです。これからこんなことが起こりそうですよ〜と懇切丁寧に心の準備をさせてくれます。助走なしでいきなりぶん殴られるみたいな体験は最近のBL小説ではしたことがありません。あるとすれば、木原音瀬先生の作品ぐらい。木原先生は長いこと書き続けていることもすごいけれど、決して軸がぶれないところもすごいです。

話は逸れましたが、私は読書に「衝撃」を求めています。圧倒的な知識量や、思いもかけないアイデア、語り口でぶん殴られたいというマゾヒズムがあります。いつだって、この作者しか書けないという暴力的な個性を盛った文章に飢えています。それを須和先生は満たしてくれます。

思いがけない切り口から話し出される物語、中盤以降に待ち受ける予想もできない驚きの展開、猟奇的で業深い愛憎…最高です。

本作は3つの短編からなる短編集ですが、短編集とは思えない素晴らしい名作揃いです。中古本しかないのが本当に悔やまれる…これほどの名作を書かれた先生にきちんとお金として感謝の気持ちを還元したいのですが😭

けれど、この名作たちが中古本しかないという理由だけで忘れ去られていくのはつらすぎます。是非とも一度でいいので皆さんに読んでほしいです。そして私と共に須和先生ワールドに引き込まれてほしいです🌍

サミア
作者:須和雪里
受験を目の前にした高校生友則の家に、ある日突然謎の美青年エイリアンが現れた。性と人種を越えた純愛「サミア」。すれ違い傷つけ合う男達の愛を描く「暗珠」等、せつない恋愛小説三編。

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