あべちか先生「遠い国の小さな花嫁」を読みました!
登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨
登場人物とあらすじ
引用:Amazon.co.jp: 遠い国の小さな花嫁 (Ruby collection) : あべ ちか, 六芦 かえで
寡黙な子持ち行商人×銃創だらけの後妻 のお話。
<あらすじ>
雪深い町に、遠い国からたった一人で嫁いで来たサガルは、妻に先立たれ幼い息子を持つローランの妻になった。
貿易商の仕事で一年で冬の間しか町にいない彼の代わりに息子の子育てを担う一方で、寡黙だが優しいローランと穏やかで温かい夫婦の絆を紡いでいくサガルだが、彼には夫には秘密にしている別の姿があった。
小さな花嫁に隠された、想像もつかない過去とは?
こんな人におすすめ
- BL小説を読んで、度肝を抜かれたい🤯💥
- 文芸作品が好き📖✨️
- さまざまな愛の形を見せられ、喜怒哀楽をぐちゃぐちゃにされたい😭💦
感想
遠い国の小さな花嫁
雪深い地方にたった一人で嫁いできた、「遠い国」出身の小さな花嫁・サガル。一年に一ヶ月しか家に帰ってこない行商人・ローランと彼の小さな息子・ハリファとの日々が描かれます。
これだけ聞くと「ほのぼの家族 BLかな?」と思うでしょうが、実際は正反対です。
サガルの足は、かかとは抉れ(爆弾)、ふくらはぎに銃槍が残り、足の指に爪がない(拷問のあと)、もう片方の足は指がない(凍傷のあと)と、明らかに異常な状態でした。さらに「よそでどんなに”サガル”の話を聞いても自分のことだと信じるな」とローランに頼むのです。
サガルはなぜそんなにも傷だらけなのかと不思議に思うローランでしたが、行商人としてさまざまな人の話を聞くうちに、サガルが「遠い国」の兵士なのではないか、しかも国に反乱を起こそうとして追われる身なのではないかと疑うようになっていきます。
そして、秘密を隠していたのはサガルだけではありませんでした。サガルとハリファは雪深い地方で慎ましく暮らしていましたが、ローランは帰ってこない残りの11ヶ月をどこでどう暮らしているのか?
実は、王都と呼ばれる首都で、この国で最も裕福な平民の一人として国中の交易を指揮する貿易商の仕事をしていました。しかし王都は基本的には貴族の社交場。平民であるローランは仕事のために王都に滞在しているその11ヶ月の間、貴族に難癖をつけられて金をふんだくられたり、大切な使用人を殺されたりと、どれだけ言動に気をつけても揚げ足を取られて苦しめられる日々を送っていました。
「サガル」とは一体何なのか?「遠い国」で何が起こっているのか?サガルはなぜローランのもとへ嫁いできたのか?サガルの正体が分かった時、ローランはどうするのか?
読者の予想を遥かに超える「サガル」という存在。読み進めるほどに、サガルがただ愛すべき小さなお嫁さん、ハリファの頼もしい二番目のお母さんではないことが分かっていきます。
たった一人の「サガル」という人間から始まる、壮大すぎる戦いの物語。
あまりにも悲痛で、耐え難く、生臭い…まるでこの現実世界そのものをギュッと凝縮したかのような濃密な作品でした。
本当は、あのシーンが、あのキャラクターが…と語り尽くしたい!!
でも、この作品の面白さは「知らない」ことにあると思うんです。「どうして?何が起こってるの?」とドキドキしながら読み進めるあのスリルは、何物にも変えがたい楽しさがあります。 BL作品ではなかなかお目にかかれない展開だと思うので、余計に事前知識を入れずに臨んでほしいです。
なるべく何が起こるか知ってから読みたいと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ここはひとつ、まっさらな気持ちで作品に臨み、あべちか先生に「そう来たか!」と思いきり驚かされてほしいです。
ぼくたちの家族旅行
ローランが以前窮地を救った豪族の娘・ワルワーラの別荘に招待されたエリオール一家。サガルが人質になり、金をゆすられそうになりますが…。
本編ではとことん嫌な男だったフェザーが、よもやローランの部下になっていたとは思いもしませんでした。
また、ハリファがエリオールの家督を継いだ日に(ハリファが家督を継いだのか!と驚き)、この初めての家族旅行でローランに「優しい男になれ」と言われたことを思い出す…というのが、なんとも幸せな気持ちにさせられました。
ローランの言う「優しい男」にはさまざまな意味が含まれていそうで、考えさせられます。優しい男って、何なのでしょう。
冬を待つ
そろそろ王都に帰ってしまうローランと抱き合いながら、サガルは「帰ってほしくない」とわがままを言い…。
「俺の幸せがいつも俺を置いていく。いつだって俺ばっかりどこで何をしたらいいのか分からない」と寂しそうに言うサガルに、胸が苦しくなりました。
遠い国の姫のため、国民の幸せを守るために、「希望」だと祝福されて生まれたサガル。けれど、どれだけ戦っても、人間の真似をして学んでも、「サガルがいるから人々の争いが絶えないのだ」と国を追い出されて…。最愛の姫にも、国民にも、置いて行かれたサガル。自分がローランに愛されていると分かっているからこそ、もう二度と置いていかれたくないと願っているのが伝わってきて、泣きたくなってしまいます。
父上とサガル
一年ぶりに帰ってきたローランに、サガルは怒っていました。ローランの膝の上でぷりぷりと怒っているサガルを不思議そうに見つめるハリファでしたが…。
サガルがヘソを曲げているのはなぜなのかなとよく読むと、一ヶ月以上前から仕込みが必要な「豚の肺の料理」をローランが好物にも関わらず自分に教えてくれなかったからだと分かって微笑ましくなりました。ローランは下処理が面倒だからとサガルには教えなかったけれど、サガルはローランのためなら何でもしてあげたかったんですね。
「わがままを言えるのは幸せなことだよ。聞いてくれる人がいないとできないことだから。サガルがわがままを言えるのは父上にだけ。父上がいる間だけなんだよ」というローランの言葉は重いですね。ローランはどれだけ頑張っても、あと何十年かしかサガルと一緒にはいられません。でも、サガルは100年、200年と生きることができる。いつか、サガルはひとりぼっちになる。だから、サガルがわがままを言えるのはローランが生きている今だけ…。
いつかハリファもサガルの正体について知ることでしょう。サガルはこれからどうなるのかな。切ない気持ちでいっぱいです。
まとめ
遠い国から雪深い田舎の町へ嫁いできた、小さな花嫁・サガル。ハリファという幼い息子を育ててもらうためにサガルを娶った行商人・ローランは、年に1ヶ月しか家に帰らないと言います。サガルは自国とは何もかも違うローランとハリファとの生活に順応していきますが、サガルもローランもお互いに大きな秘密を隠していて…。
表紙のかわいい絵から「ほんわかした家族 BLかな?」と手に取った人は驚かれるでしょう。この作品の、あまりにハードで生ぐさく重厚すぎるストーリーに…!
国と国・貴族と貴族・貴族と平民との血で血を洗う政治的闘争、人が命を創り消費することへの倫理観、生まれながらにして受ける理不尽な差別…本作には現実世界で起きるさまざまな問題が凝縮された形で描かれており、それぞれの問題に自分がどう向き合うのかを改めて突きつけられます。
読めば読むほど苦しくなる。なのに、幸せを願って、ページを捲らずにはいられない。まるで中毒です。
いまだかつて、 これほどまでに社会に対して真摯に向き合った BL作品があったでしょうか?いえ、本作以上に政治的・社会的な作品にはなかなか出会うことができないと思います。
BLや百合などを題材にしたクィアな物語を通して、自分が社会の中で何ができるのかを知りたい・考えたいともがいているあなた。そんなあなたに是非ともおすすめしたい一冊です。