中庭みかな先生「片恋のスピカ」を読みました!
中庭みかな先生作品の中でも、特に星ー乙女座のスピカーをテーマにした本作は、登場人物ひとりひとりが、夜空に輝く星のように個性的に輝いています。明るい星もあれば、暗い星もあり…。
彼らがそれぞれに光るさまを観ていると、まるで天体観測のようで、ワクワクさせられますよ。
以下、登場人物とあらすじ、どんな人にオススメなのかなど、ネタバレ感想とともにがっつりご紹介します!☺️✨
登場人物とあらすじ
謎多き図書館職員×トラウマ持ちの半引きこもりアルバイト のお話。
<あらすじ>
勤めていた会社を辞め、ほとんど引きこもるように暮らしていた乙矢。
外の世界へと連れ出してくれたのは、貸出カウンター越しに出会った図書館職員の霧島柊吾さん。
彼に憧れるまま図書館でバイトを始めた乙矢だったが、胸に燻る想いを誰にも知らせるつもりはない。
こんな人におすすめ
- 両片想いのモダモダ感が好き↔️
- 傷を抱えた主人公が、恋を通して成長していくさまを見つめたい💪
- 紳士的で優しい一途な攻めにときめく💕
ネタバレ感想
片恋のスピカ
3ヶ月前から市立図書館のアルバイトとして働く眞鍋乙矢は、同僚の市役所職員である霧島柊吾に密かに片想いをしています。温和な見た目そのままに優しい柊吾を尊敬し、恋慕を募らせる乙矢でしたが、彼がゲイらしき男に絡まれているのを見て、つい「気持ち悪い」と言ってしまって…。
主人公(受け)の眞鍋乙矢は、物心ついた時からずっと周囲に「オトメちゃん」と呼ばれることで、ゲイであることを当てこすられ続けていました。
漢字のイメージでその人をからかうのって、あるあるですよね…。しかも一旦そういうキャラとみなされると、学校のような小さなコミュニティではすぐに広まる上になかなかそのイメージって覆せなくて、しんどい思いをする…。
乙矢自身はとても繊細で傷つきやすい性格ゆえに、和を乱すことを恐れるがあまり「俺がゲイなのを馬鹿にしないで」「俺は”乙矢”で、”オトメちゃん”じゃない」と注意することもできず、ずっと我慢し続けて、最後は心も体も壊してしまいます。
中庭みかな先生は、キャラクターの心の動きを丁寧に追ってくださるところが魅力の一つだと感じているのですが、本作もまさにそうで。
人にも物にも遠慮しすぎて生きづらいのではないかと思うほど、あまりにも周りのことを考えすぎてしまう乙矢が、人を不快にさせたくないと自分の気持ちを押し殺して、少しずつ心が壊れていく様子は、まるで静かに佇む砂の城が、荒い海の波に少しずつ侵食されていくのを見ているかのようでした。
凶暴で大きすぎる力に、美しいものが削られ、小さく、そして見えなくなっていく姿を、ただ目で追うことしかできない無力感を、読みながらずっと感じていました。
できることなら、本の中に強引に割り込んで、「乙矢を侮辱するな!!」と叫んで回りたい。なのに、私はただ見ていることしかできない。人の心が壊れていくさまを、みかな先生はまざまざと鮮烈に描いていて、だからこそ辛さが倍増します。辛いです。
でも、そんな乙矢を救ったのが、攻めの霧島柊吾でした。
乙矢は思い切って柊吾に告白しようと思っていた矢先、偶然会った元同僚に、ゲイ弄りをされたせいで会社を辞めたことを一方的に暴露され、挙げ句の果てには「嫌なら嫌って言えば良かったのに」と同じ口で詰られるのです。乙矢は自分が、柊吾が嫌っていたゲイであると打ち明ける羽目に。
結果的には、柊吾がゲイ嫌いというのが乙矢の勘違いで、柊吾も乙矢のことを好きだったからこそ、この「元同僚の勝手にカミングアウト事件」はさほど大きな心の傷にならずに済みました。
でも、前の会社での心の傷を、柊吾を愛することでようやく癒し始めていたのに、過去の亡霊(元同僚)が勝手にカミングアウトしてきて、乙矢はきっと相当に絶望したと思います。ようやく立ち直ろうと頑張り始めていたのに…と。
そこで柊吾が傷ついた乙矢を受け止めてくれてホッとしたし、それが二人が恋愛という新しい関係を築くきっかけになったのは不幸中の幸いでした。
こうしてあらすじをざっくりと追ってみると、本作は決して複雑な構造はしていません。
名前の特殊さゆえにゲイいじりをされたトラウマ持ちの乙矢が、柊吾に出会って、片想いをする中でその傷を癒していく物語。至ってシンプルです。
しかし、シンプルだからこそ、中庭みかな先生の心理描写力が光るんですよね。
ゲイいじりをされている時に乙矢がどれだけ苦しい思いを我慢していたか、柊吾にどんな熱い片想いの気持ちを抱いていたか…それが、誰にでも分かる平易な言葉づかいで、でもその文章は中庭みかな先生しか思い浮かばないというような独創性ある書き方で…一文一文がひしひしと胸に迫ってくるんです。
私が作中の心理描写で一番好きなのは、この文章です。
乙女座で一番明るい星は、スピカという名前の1等星だ。だからあの日、柊吾が優しく両手のひらで包み込んでくれた銀色の小さな星は、乙矢にとってのスピカだった。空で、星が光るように、ただそこにいてくれるだけでいい。何も求めない。それが、乙矢の片想いだった。
乙矢はまだ前職のトラウマでほぼ引きこもり状態だった時、ふらりと市立図書館に来て、そこに飾られていた七夕飾りから落ちたおりがみの星を、柊吾に届けるんです。
そして、図書カードを作る時に「乙矢」という名前を書いて、「変な名前だと言われるのではないか」と怯える乙矢に、「僕は乙女座なんですよ」と柊吾は話しかけます。
柊吾はおりがみの星を大事そうに届けてくれた乙矢に一目惚れし、乙矢もまた自分の名前を馬鹿にせずに「僕も」と乙女座の話をしてくれた柊吾に惹かれます。
柊吾は乙女座でひときわ美しく光るスピカのようだ、と、心の中で星空をまぶしげに見つめる乙矢を想像すると、そのロマンチックさに胸がドキドキします。
また、本作は純文学的な地の文も見どころで、例えば、私が特に好きなのはこれらの文章です。
冷たい夜の空気の中、好きな人のぬくもりが伝わってくる。冬に恋人たちがくっつきたがる理由がわかる気がした。温かくて、心の中がしんと明るくなる。
想いを打ち明ける次の声のために含んだ空気には、すぐ隣にいる人の優しい気配が溶け込んでいる気がして、甘く感じた。
「心の中がしんと明るくなる」とか「隣にいる人の優しい気配が溶け込んでいる気がして、(空気が)甘く感じた」とか、単語自体は全然難しくないのに、しっかり情景を想像できて、しかもロマンチック。でもしっかり独創的で、中庭みかな先生ならではの、繊細で美しい言葉づかいだなあと感じます。
本作は、片恋の「スピカ」というタイトルの通り、主人公が「乙矢」と乙女座を思わせる名前に始まり、恋人となる柊吾との出会いのきっかけがおりがみの星であったり、二人の恋人になって初めてのデート先がプラネタリウムであったりと、星にまつわる物語になっています。
それゆえに、中庭みかな先生作品の真骨頂である、「繊細な/ロマンチックな表現の美しさ」を噛み締められる一冊でもあります。
星という言葉からイメージされる、どこか敬虔で、きらきらと輝いていて、美しくて、でも不思議と寂しさもあるような…本作は、そんな一冊となっています。
ここから先は星の海
乙矢と付き合い始めた柊吾ですが、ウブな反応を見せる乙矢が可愛くて、キスより先の関係はまだ築けていません。そんな中、浮浪者のアラシさんが乙矢に急接近して…。
冒頭では、ウブな乙矢が百戦錬磨(?)の柊吾の仕掛けるキスにどぎまぎしている様子がかわいくて、ただただ愛おしいばかりでした。本編とは違って本作は柊吾視点なので、余計に乙矢のかわいさが強く感じられたんですよね。その後、このことがどれほど拗れるか知りもせずに…。
本作では、柊吾がなぜこれまでの恋人(例えば勇実)とは全く正反対の乙矢を好きになったのかが語られます。
・よく似た孤独を知っている気がして、共鳴するように興味を惹かれた。その優しい弱さと寂しさを知れば知るほど、深みにはまった。
・乙矢と一緒にいると、柊吾はなぜか息が楽になる。彼が柊吾よりずっと生きるのが苦しそうに見えたからかもしれない。そんなに怖がらなくてもいいよ、と乙矢に優しくしたいという思いが、知らず知らず、自分自身も癒すのだろう。そうして乙矢がまたそれ以上の優しさを返してくれる。
・かつて勇実に心惹かれたのは、自分にどこか似た風貌を持っていたからだ。それが鏡に映る自分を慰撫する行為だったのだと、今ならわかる。
派手な容貌をした、自分と似た背格好の恋人ばかりを求めたのは、自分自身を慰めたかったから。でも、勇実が家のために女性と結婚すると分かった時、柊吾はそうして擬似的に自分を慰める行為の虚しさに気付いたのかもなと思います。
そしてちょうど同時期に乙矢に出会ったから、自分に似た孤独を持って生きるのが苦しそうな乙矢を慰めたいと思いはじめ、そして乙矢から返される不器用な優しさに惹かれていった…。
本編は乙矢視点ということもあって、柊吾のこれまでの人生や感情の起伏があまり見えなかっただけに、「柊吾さん、そんなふうに考えていたの!」と驚くポイントが多かったです。
そして、勇実の結婚式への出欠をどうするかという相談をきっかけに、乙矢は柊吾を「違う世界に住んでる人みたい」と突き放し、距離を置くようになってしまいます。これまで遊びの恋しかしたことのなかった柊吾はひどくショックを受けて、どうにか元通りになろうとするのですが、焦るあまりに普段はしない迂闊な言動などで余計に乙矢から嫌われてしまいます。
トドメが、二人の勤務する図書館に入り浸っている浮浪者のアラシさんが、乙矢に急接近する事件の勃発。二人はこの事件を通して仲直りするのですが、これがとにかく切ない…。
アラシさんは乙矢の帰りを待ち伏せして、何か危害を加える…のかと思いきや、なんとお姫様にするように跪いて、綺麗にラッピングされた白い花をプレゼントし、「月に一緒に来てほしい」と頼むんです。
私、これを読んだ時に、胸が張り裂けそうでした。主役カプのこと以外でこんなに心動かされるのは、初めてかもしれないと思うほどでした。
柊吾はアラシさんのことを、こう評しています。
アラシさんは、いつか迎える生涯の果てにいる柊吾だった。自分でもはっきりと意識しない不安を映し出す、鏡のような存在だった。だから怖かった。
誰にも気にかけても優しくもしてもらえず、自分からも人との縁を作ることを拒絶し、ただ自分の掲げた目的のためだけに生きている人。誰にも迷惑をかけていなくても、ただいるだけで「危険人物」だと白い目で見られる。
柊吾は自分の将来の姿をアラシさんに重ねていましたが、私も自分自身に対して同じことを感じました。
自分の未来をアラシさんに重ねたからこそ、ただ一人自分を気にかけてくれる乙矢を、まるでお姫様を迎えに行くみたいにアラシさんが誘った気持ちが痛いほどよく分かったんです。
月に行くという荒唐無稽に思える計画を真剣に聞いてくれた乙矢なら、自分と同じ夢を見て、一緒に人生を歩んでくれるんじゃないか、って…アラシさんはそう思ったんじゃないでしょうか。今の自分にできる渾身のプロポーズを、乙矢にしたんじゃないでしょうか。
柊吾も乙矢も、アラシさんを馬鹿にしたり笑ったりしませんでした。ただ、恋人のいる星から離れられないと誠実に断ってくれたのが、私は嬉しかった…。アラシさんの真摯な愛の告白を、真正面から受け止めてくれた乙矢に頭が下がる思いでした。
アラシさんの素直な感情に感化されてか、柊吾と乙矢は自分たちの関係をきちんと見直します。そこで、乙矢は、柊吾が自分を子供扱いして恋人らしく先に進もうとしないことに焦りを抱いていたこと、柊吾は、初めて本気に好きになった乙矢を前に一人で舞い上がり、乙矢の気持ちを蔑ろにしていたことを吐露しあい、心も体も結ばれるんですね。
そして、家族へのカミングアウト、前職でのスキルを活かした仕事の受注など、明るい未来が感じられる終わりになっていました。
今回は、柊吾も乙矢も、優しすぎるがあまりにお互いの心の深いところに踏み込めず、それで関係がどんどん悪化して…という負のループに入ってしまいました。
でも、これからの二人はきっと同じことは繰り返さないと思います。お互いにどれほど深く愛しているかを知った二人は、この関係が簡単に手放せるものではないと分かったはずだから。この一件で、二人はこの愛が死ぬまで(もしかしたらその後だって)続くのだと痛感したのではと思います。
これから二人が何か大きな壁にぶち当たったとしても、その時はこの時よりもっとお互いに気持ちや考えをぶつけられるようになっているのではないかな。
恋をして、その苦しみに揉まれながら成長していく二人を見て、ああいつまでもこうして見つめていたいなあと幸せな気持ちにさせられました。
まとめ
苗字や名前、顔や体格、国籍やセクシャリティ…そういったものを理由に、「いじられ」ることって、誰しも経験があるのではないかと思います。
嫌だと反発しても、余計に面白がってやめてもらえず、とても辛い思いをする…そんな苦しい思いが心と体を蝕み尽くした時、いっそのこと死んでしまいたいと思うこともあるでしょう。
本作の主人公である眞鍋乙矢は、まさにそういった苦悩を背負った人です。
そして、そんな乙矢の心を癒すきっかけになったのが、図書館勤務の公務員・霧島柊吾。
柊吾はありのままの容姿を家族からさえも否定され続けてきた人なのですが、二人は互いの持つ寂しさや苦しみに惹かれ合うように、少しずつ距離を縮めていきます。
時には傷つけ、諦め、それでもやはり愛してしまったりして…片想いだと知っていても、愛することをやめられない、健気で一途な二人の姿は、痛々しいほど切なくて、胸を掴まれます。
柊吾、乙矢、それぞれの中に自分と似たものを見つけたあなた。ぜひとも読んでみてください。読後、心の脆くて柔らかい部分を、そっと抱きしめられたような気持ちになるはずです。
もし今あなたの心が、光の一切ない真っ暗な夜空のようだと思うなら、本作はきっとその心を導くスピカのような存在になってくれるでしょう。
悲しいほどの優しさに溢れた本作を、読んでみませんか?
「片恋のスピカ」の同人誌情報
Sucre glace
2024/09/19発行の同人誌「Sucre glace」には、書店特典SS・書き下ろしSSの2本が収録されています。
それぞれ、乙矢のエプロンの紐のお話と、柊吾と乙矢お互いの体臭の香りにまつわるお話です。
ネタバレ感想はこちら⬇️
ひめくりスピカ
2023/10/08発行の同人誌「ひめくりスピカ」には、中庭みかな先生の個人ブログに掲載等の5話+新規書き下ろし6話、計短編11本が掲載されています。
ほのぼのから、特別にえっちな二人まで、乙矢と柊吾さんの仲良しな日常のお話です。
ネタバレ感想はこちら⬇️