Guilt | Pleasure「EQUILIBRIUM -均衡-」を読みました!
本作は、コミック「In These Words」シリーズの番外編(時系列的には「In These Words」より随分前)のお話です。本編であるIn These Wordsシリーズのネタバレ感想はこちら⬇️
「In These Words」より随分前、主人公・浅野がNY市警の刑事デビットと付き合っていた頃のお話「He Came, After You Left In These Words外伝」のネタバレ感想はこちら⬇️
浅野がNY市警在中時代に担当した奇妙な事件のお話については、「FATHER FIGURE」という作品のネタバレ感想はこちら⬇️
本記事では、「EQUILIBRIUM -均衡-」の登場人物とあらすじ、どんな人におすすめなのかなど、ネタバレ感想とともにご紹介します。
登場人物とあらすじ
<あらすじ>
ニューヨーク市警に精神科医として勤める浅野克哉は、市警の刑事デビッド・クラウスと付き合い始める。
職場での恋愛NGだった克哉だが、自分を真剣に思ってくれるデビッドの存在を受け止め、今はお互いの存在が特別だと信じられる甘い日々だった。
そんなある日「昔、デビッドはいわゆるプレイで“S”をやっていた」という話を耳にした克哉は、好奇心からそうしたプレイを体感することをデビッドに望むが…!?
こんな人におすすめ
- 愛と暴力(痛み)の関係について深く考えたい💭
- SMにハマる人の心理を知りたい🦂
- 「In These Words」の浅野の過去を知りたい🥼
ネタバレ感想
プロローグ
ニューヨーク市警に勤める精神科医の浅野は、同僚のマイクから「デビッド(浅野の恋人である殺人課のチーフ)はS役をやっていたことがある」と聞き、好奇心のままに「SMプレイがやりたい」とねだります。デビッドは激しく抵抗するも、愛する浅野の願いを叶えるために、過去に元カノと世話になった高級SMクラブに電話をします。
まず最初に、浅野は高級クラブを主催するMというS役の男から、手づからプレイを受けることになります。「愛する人から痛みを享受したときにどんな気持ちになるかを知りたい」という好奇心だけでM役に志願した浅野ですが、Mからムチによる激しい打擲を受けた後に彼から抱きしめられた時に、痛み以上に「デビッドに抱かれる時にも感じたことのない温もりをMに感じ、自覚していないだけで自分はずっと孤独だったのだと気づく」のです。そこから、浅野はSMプレイに強い興味を示していきます。浅野はこの時の心情を「私はこれまでずっと心に穴が空いていて何かが決定的に欠けているということです。そこは真っ黒な渦潮のようで……私はいつしかそれを抱えることに慣れてしまいわが身の一部として受け入れてきました。症状に慣れてしまうあまり病気であることを忘れてしまうようにその存在を意識しなくなっていた。唯一望んでいるのは私の中のこれがなんなのかを理解することだけだ」と説明していました。
浅野にとってデビッドは、完璧な恋人でした。少し強引なところはあっても、力比べをすればデビッドが圧倒的に強いにも関わらず、暴力で浅野の言うことを聞かせるようなことはなく、むしろ浅野の尻に敷かれているくらい、優しく紳士的な男です。そんな彼が「やめてくれ」と再三懇願しても、浅野は好奇心には勝てず、自分の心にある孤独を理解するためにMとプレイしようとします。
しかし、Mが「死んだ方がマシだった」と思わせるほどの拷問を平気でしてのける男だと知っているデビッドは、浅野を止めます。結果的に浅野が譲歩した案は、「デビッドも伴ったで5日間のMの調教を受ける」ことでした。
Mとデビッドによる理不尽な暴力を受けても、その後彼らに抱きしめられるたびに、浅野は「不思議な感情だったが、同時に自分はこれを必要としていたのだと悟った。誰かに「守るに値する存在」と思われるのは、こんなにも心を揺り動かされるほど強く安心させられることだったのだ。束の間の虚構であったとしても、自分という存在を完全に否定されて何もかも明け渡し服従することでこんなにも心が落ち着くとは」「暴力の中には肉体的なものだけではないある種の純粋な悦びがあり、その存在は克哉の中で大きくなるばかりだ」とますますSMプレイに耽溺していきます。
しかし、浅野が傷つけられるたびにデビッドの心はすり減っていき、4日目の時点で彼は「もう耐えられない」と浅野にこのプレイを中止することを懇願します。浅野は「Mの言ったとおりだ。デビッドは克哉を愛するためなら生存本能すら手放し、炎の中で座して骨まで焼き尽くされることを選ぶのだ」と、納得するとともに、自分の心に居座っている孤独の原因について話し始めます。
浅野には物心ついた時から両親がおらず、祖父母に引き取られて育ちました。幼い頃から保育所に預けられ、迎えに来てくれる両親を待つ子供たちを見て、自分にもいつか両親が迎えに来てくれるのではと淡い期待を抱いていました。しかしいつも来てくれるのは学校帰りの従兄弟だけ。
「淡い期待と永遠に来ないのだという確信。その記憶とそれに伴う感情が繰り返し蘇って心により強く残るようになった。今はもはや自分の一部となっているけどね」「あなたが私を置き去りしするんじゃないかという恐怖症だと考えてもらえればいい」「あのホテルで起こったこと(Mとのプレイ)と彼との経験が置き去りにされて傷ついていた子供の頃の自分を蘇らせたんだ。そして彼に抱きしめられることでわずかながらも傷が癒えたような気がした。そのとき初めて誰かに求められる気持ちがどういうものかを味わった。三歳の頃親が迎えに来てくれていたらきっとあんな気持ちになっていただろう」と浅野はデビッドに語ります。
しかし、デビッドは浅野に、自分がかつてMのM役をやっていたことを打ち明け、それゆえにMは自分に執着をしていること、浅野に対するプレイは浅野のためのSMではなくデビッドを壊すため(デビッドが自分の命を捧げてもいいと思うほど愛している浅野を壊すことでデビッドを壊す目的)にやっているただの暴力に過ぎないことを話します。
浅野はデビッドの不安を理解し、5日間という当初の約束を反故にしたいとMに申し出て帰宅しようとしますが、Mはそれを許さず、対価としてデビッドの体に彼の家の紋章を焼きごてし、「これが君(克哉)への罰だ」「これで彼は私のものにもなった」と宣言するのでした。
ここまでざっと内容を読んだだけでもかなりボリュームのあるSMプレイのお話だと分かると思うのですが、本文を読んでいると、そのあまりのリアルさと暴力のグロテスクさに吐き気を催すほどでした。
浅野は無邪気に自分の孤独を癒すためにSMプレイが薬となってくれるのではとMやデビッドからの暴力を受け入れようとするのですが、かたわらにいるデビッドが浅野の受けている暴力の何倍もの暴力を受けたかのようにダメージを受けており、それを見ているのが特に辛かったです。
ただ、デビッドはシンプルに暴力を憎んでいる訳ではなく、自分に内なる暴力性があることを知っており、浅野が特に自分から暴力を受けて苦しんでいるところを見て性的に興奮するという倒錯的な一面も持っています。それゆえに、そんな自分を見たくないと苦悩しており、Mは浅野を使ってそんなデビッドのどろどろした感情と欲望をもっと引き出して、最終的に壊してしまいたい(もしくは壊れた方が楽だったと思わせるような体験をさせたい)と思っていたようです。
個人的に一番辛かったのは、5日間のプレイを早めに切り上げる代わりに浅野かデビッドがMから罰を受けなければならなかった時に、Mは浅野に傷をつけることをデビッドが反対して自分を身代わりにすると申し出ることを分かった上で、麻酔など一切なしで焼きごてで自分の印を体に刻みつけたシーンです。
デビッドは「契約を破った罰については、俺とMとで話し合って合意した。もう決まったことだ。アンタが口出しする権利はない。わかったか?」と浅野を説得し、「これは俺が決めたことだ。これは全部俺の過去の一部なんだ。アンタを最初からここに連れて来るべきではなかった。これは俺なりの謝罪の証だ」と印を体に刻むことを受け入れるのですが、その光景のおぞましさといったら…焼きごてで肉が焦げる臭いがページ越しに伝わってくるようでしたし、Mの勝ち誇った笑みが見えるようで、何もかもをめちゃくちゃにしたくなりました。
本作はSMをテーマにした作品ですし、実際にSMプレイも多々やっていて、その心理についても作中で深く考察されているのですが、結局のところは「Mがデビッドという自分のもとM役を自分のものにしたくて奮闘する話」なんですね。なので、Mという真正S役…つまり暴力による痛み(もしくはその痛みの記憶)で相手を生涯支配し続けることに何よりも悦びを覚える人間を魅力的だと思えるかどうかが本作を楽しめるかどうかの鍵だと思います。
エピローグ
Mが自分の推した烙印を綺麗に残すために、1日2回女医をデビッドに派遣するお話です。
デビッドは「これだけでアンタの気持ちが変えられたかどうか、不安だ。そもそも『冒険』をしてみたいと思ったきっかけを、そのときの気持ちを、払拭できたのか?今こうしてそばにいて、抱きしめて、アンタのための烙印を背負ってはいるが、それでもまだ俺がいつか去っていくかもしれないと、不安か?」と、自分がMの烙印を押されるということだけで浅野の「いつかデビッドに置き去りにされるかもしれない」という漠然とした不安がなくなったのかどうかを心配だと打ち明けます。
浅野はこれに対して「その不安がなくなることはないと思う。だけど必要とされて愛される気持ちも今はわかる。私は自分の中にある一生かけても消えない暗いものを無理に取り除こうとするより、今の自分と向き合うことを学ばなければならないんだ。それにも一生かかるかもしれないけど」と答えており、SMプレイを経てもその孤独が埋まることはなかったため、自分でその孤独と向き合ってなんとか心の中で折り合いをつけていくしかないのだと諦念を持って答えています。
デビッドは「この先何かの理由で離れ離れになったとしても、ずっと愛してる。それを忘れるな」と浅野を勇気づけるのですが、よもや二人がこの一連のSMプレイをきっかけに別れてしまうとは…なんとも皮肉というか、悲しみが込み上げますね…。
デビッドは本編でMから「彼(浅野)はいつか君(デビッド)を破滅させる 彼は必ず君のもとを去る。そして去り際に君という人間を作り上げているものすべて持っているものすべてを奪っていくだろう」と予言されているのですが、その予言が現実のものとなってしまったことが辛いです。
結局のところ、浅野は「置いていかれる」ことが怖いから「置いていく」のではないかと思いました。これほど浅野を愛しているデビッドが自分から別れようと提案するのは考えられず、浅野が「デビッドにいつか置いていかれるくらいなら、自分からデビッドを置いていこう(捨てよう)」と考えたのではないかと推測してしまいます。もしくは、デビッドが浅野を自分の暴力的な欲望に付き合わせることに、浅野を真に愛するがゆえに疲弊してしまい、壊れてしまったか…。いずれにせよ、二人の最後はMの予想通りになったのでしょうね。
circle of fire
Mから烙印が押された後、浅野とデビッドはいつもの日常に戻ることができず、また別の高級SMプレイの場で激しく傷つけ合うことになる…というお話です。
浅野は、「あの人を招き入れたのは間違いだった」と後悔しつつも「私が(SMプレイに)参加したいと思ったのは好奇心からじゃない。あなたがこの世界に深く関わっていたから。その理由を理解したかった。あなたを、理解したかった、私は自分を変えたかったわけじゃなくて、純粋にあの世界にどっぷりつかった経験をしてみたかっただけなんだ。肉体的な痛みはそれほど大した問題じゃない。あなたに与えられる痛みならなおさら。恐怖なんか感じなくなるほど、あなたのことを信頼していたから。あの屋敷(Mの屋敷)では、あなたが主人であるあいだは、痛みは感情だった。そして、あなたに……、私はただ感じたことに正直になること以外、なんの責任もなかった。まるで強烈な感情の記憶を築き上げているみたいだった。何も理解する必要がなかった。自分はなんのためにそこにいて、その感情をなぜ味わっているのか、理解する必要などなかった」と語っています。
デビッドは「これからもずっと克哉を愛し続けたいと思うのと同じ強さで、克哉を痛めつけたいと望んでいる自分がいる。俺はそのことをやっと受け入れられるようになっていた」と振り返りつつ、「俺はあんたとはそういう関係になりたくない。そのうち、俺は物足りなくなって、もっと欲しがるようになるからだ」とも苦悩しています。
浅野は「私はあなたのものだ。あなたが好むと好まざるとにかかわらず、充分に説明できたかわからないけれど、あなたがもっと欲しいと思うなら、私はいつでも応えたいと思っている」とデビッドを慰めますが、デビッドは「時々、想像するんだ。肉が裂けて骨が見えるほどあんたを鞭打ったら、どんな感じなんだろうって。あんたがセーフワードを何度言っても、無視してその限界を越えたところまで打ち続けたらどんな表情をするのかとか。あんたはどんな声で、どんな虚ろな目で俺を見るんだろうってな。誰でもふと暴力的な妄想がよぎることはあるんだろうが、俺は他の人と違ってそれを実際にやることができる。そして実際にやったこともある。簡単にあんたを同じ目に遭わせてしまえるんだ」と己の暴力性に怯えるのでした。
ただ、浅野はデビッドの暴力性をやみくもに愛ゆえに受け入れようとしたわけではなく、「私があなたに惹かれたのは、そういうところも含めてなんだと思う。あなたが醸し出す権威、力……私はそれに魅了されると同時に恐ろしいとも感じてるんだと思う」とも語っています。つまり、SMプレイをしていようとしていまいと、浅野は隠されたデビッドの暴力性には薄々勘付いており、それゆえに彼に惹かれたところもあると行っているんですね。
とはいえ、デビッドの「愛する人を肉体的に傷つけて、その苦悶の表情を見ると興奮する」という一つの性質は、彼にとって拭がたいもので、浅野を傷つけたくないと思うほど同じくらい暴力を振るいたくなるというのは、どれほどの苦しみだろうと思います。
正しい人の愛し方などというものはありませんが、それでも、これほどおたがいに精神的・肉体的に疲弊する愛し方は辛かろうなと胸が痛みます。
まとめ
ニューヨーク市警に勤める精神科医・浅野克哉は、恋人のデビッド・クラウスが元カノの求めでS役をやっていたと知り、自分もSMクラブでM役をやってみたいと志願します。反対するデビッドでしたが、愛する浅野の求めには逆らえず、かつて馴染みにしていた高級SMクラブのドアを叩きます。
SMプレイを描いたBL作品の金字塔とも言うべき名作です。本作単体でも読めますが、「FATHER FIGURE」「He came,after you late」「In these words」を読んでからだと、なお主人公の浅野という人間がどんな性格をしているのか、どんな人生を歩んできたのかの理解が深まり、より作品の解像度が上がるので、それらを読んでから本作を読まれることをおすすめします。
正直に言えば、本作は「読む地獄」です。浅野はデビッドを精神的に痛めつけ、デビッドは浅野を肉体的に痛めつけるように、彼らを統率するS役であるMという男に誘導されてしまいます。結果的に彼のせいで二人は別れ、浅野は後に「In these words」で別の日本人刑事と付き合うことになります。別れるまでのカウントダウンを見せられるような作品なので、終わり方としてはハピエンですが、かなり苦いものを残したような終わり方になっています。
「愛する」行為は千差万別で、その愛し方も国によって、種によって、異なります。それゆえに、一概に「正しい愛し方」というものは存在せず、誰かの愛し方を即座に否定することは難しいことです。
それゆえに暴力という形で愛を示したり、それで興奮したりする人間について考えることは、ある意味でとても非現実的でファンタジックであり、ある意味ではとても現実的で生々しいことでもあります。
もしかしたら自分の奥にも潜んでいるかもしれない、「愛する人を傷つけたい」という暴力性と向き合うのに本作は適している(それらについて詳しく心理分析をしているため)と思いますし、そういった衝動を全く持っていない人はそれこそそういった他者を理解する助けになる作品かなと思います。
「これ以上の地獄はないはずだ」と思っても、さらにそれ以上の地獄を見せられる、凄まじい作品です。本作は、あなたの魂にも深く刻みつけられる名作となるでしょう。